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Thu, 28 March 2024

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

第3回 サヴィル疑惑のペルソナをはがす

英王室からもローマ法王庁からも愛された慈善活動家で、BBC放送で長年、子供たちがあこがれのスターに会う番組の司会を務めた人気タレントが、悪魔のような小児性愛者だったら……。ゾッとするような大スキャンダルがBBCを揺るがしている。

昨年10月、84歳で死去したジミー・サヴィル氏が生前、少年少女に性的虐待を加えていた疑惑は前号で既に紹介されているが、ロンドン警視庁はサヴィル氏を「捕食性の性犯罪者」と断定し、300人以上の被害者を特定して捜査を始めた。

BBCがブラウン管を通して大スターに育てたサヴィル氏は、スターに会いたい子供心につけこんで番組や少女更生施設で少年少女を物色し、チャリティーに使用していたキャラバンやBBCの更衣室で性的虐待に及んでいたという。

1960~1980年代、視聴率男の大スターが追っかけの少女をもてあそぶのを見て見ぬふりをしていたBBCの体質に初めてメスが入るが、衝撃はそれだけにとどまらない。BBCは昨年12月、深夜報道番組「ニューズナイト」の取材班がサヴィル氏の児童性的虐待疑惑を追った番組をボツにして、サヴィル氏の功績をたたえる追悼特別番組を放送していた。その後、ニューズナイトの取材協力者がこのネタを民放ITVに持ち込み、ITVは10月3日に疑惑を放送。ニューズナイトのピーター・リッポン編集長はブログで「編集上の理由」から放送を見送ったと弁解したが、これに激怒した現場の記者たちが22日、BBCの調査報道番組「パノラマ」で、リッポン編集長とのやり取りを暴露し、BBCのジョージ・エントウィスル会長 の責任を追及する挙に出た。

 

焦点は、BBCがなぜサヴィル氏の死後なお性的虐待疑惑を封印しようとしたのか、だ。

リッポン編集長は、警察が高齢を理由にサヴィル氏の立件を見送っていることから「我々の情報源は(被害を訴えている)女性たちだけじゃないか」として、取材中止を命じていた。取材班はしかし、少女更生施設に入所していた女性4人とサヴィル氏の番組に出演した男性、パラリンピック発祥の地、ストーク・マンデヴィル病院で脊髄損傷の治療を受けていた少女からサヴィル氏 の性的虐待について証言を得ていた。

取材班の一人は「このストーリーはいずれにせよ表に出る。そのとき、BBCは事実を隠ぺいしたと糾弾される」とリッポン編集長に電子メールを送っており、別の記者は「警察で裏付けが取れたとき、このネタは間違いないと確信した。編集長は行け行けだったが、突然、態度を豹変させた」とリッポン編集長が上層部から圧力を受けた可能性を示唆した。パノラマでは、昨年12月初め、当時テレビ部門を担当するBBCビジョンのトップだったエントウィスル氏が報道局長から「ニューズナイトの調査がこのまま続けば、サヴィル氏を追悼するクリスマス番組に影響が出る」と伝えられていたことも暴露 された。

23日、下院の文化・メディア・スポーツ特別委員会で、エントウィスル会長はサヴィル氏の性的虐待を野放しにしたBBCの文化と体質がBBCに対する信頼と評価に大きな疑問を突き付けているとの認識を示した。リッポン編集長のブログについては「遺憾だ」と述べ、「ニューズナイトの調査は継続されるべきであった」と指摘した上で、「報道局長には新しい情報があれば報告するように伝えたが、その後、報告がなかった」と自己弁護している。

 

英国の性的同意年齢は16歳だが、レイプ被害者支援団体によると、女児の21%、男児の11%が何らかの性的虐待を経験している。また、子供の31%は性的虐待の経験を誰にも言うことができずに大人になっているという。

BBCに被害を証言した女性は「番組がボツになったとき怒りを覚えた。サヴィル氏は大スター。不良少女の私の話なんて誰も信用してくれないと思って黙っていた」と唇をかんだ。慈善活動家サヴィル氏のペルソナ(仮面)は氏の死後、BBCではなく他局によってはがされた。サヴィル氏の闇を葬り去ることでBBCが守ろうとしたのは何か。リッポン編集長の背後にいたのは誰なのか。 倒錯した性と巨大メディアの深淵をのぞくような事件の、ペルソナをはがす記者の不屈の努力にエールを送りたい。

 
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