Spider(2002 / 英・加)
スパイダー / 少年は蜘蛛にキスをする
精神療養施設を退院し、20年ぶりに生まれ育った町に帰ってきたデニス。社会復帰に向けた準備施設で日々を送る中、過去の出来事が生々しく蘇ってきて……。
監督 | David Cronenberg |
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出演 | Ralph Fiennes, Miranda Richardson, Gabriel Byrneほか |
ロケ地 | The Salisbury |
アクセス | 地下鉄Turnpike Lane駅から徒歩 |
- 記憶って不思議なものですね、デカ長。
- おお、どうしたんだ唐突に。そうだなあ、歳をとるといろんなことがあいまいになってくるしな。あれは現実だったっけ、それとも夢だったっけ、みたいな。
- それは歳のせいなんでしょうか、デカ長……。何はともあれ、この「スパイダー / 少年は蜘蛛にキスをする」はまさにそんな一本です。妄想を描かせたらデービッド・リンチ監督とこの人の右に出る者はいないであろう、デービッド・クローネンバーグ監督によるサイコ・スリラーで、原作・脚本はロンドン出身のパトリック・マグラア。自身の父親が院長を務める精神病院の近くで育ったという経歴の持ち主で、同様に映画化されている「グロテスク」や「閉鎖病棟」など、異色作を発表している作家ですね。
- すいません、僕この映画ダメでした。何度観ても途中で眠くなっちゃって……。レイフ・ファインズの演技の深みは伝わってくるんですが、彼が演じる主人公デニスの気持ちに全然入っていけず、あの、どろーんとした時間の流れの中で、ただただ睡魔に襲われる僕なのでした。
- 確かに好き嫌いが分かれる作品ではあるよな。クローネンバーグ監督特有のグロい描写は皆無で、全体的に地味というかシンプルな印象だし。しかし監督は「自分はデニスのような人間じゃないし、ああいった経験もない。でもデニス、もといスパイダー少年は、人間の普遍的な感情を体現していると思う」と言っていて、私はそれがなんとなく分かるような気がするのだ。思考と行動の間でうごめいている、得体の知れない何かが渦巻いているような世界に思いがけず引き込まれたよ。
- 物語は、統合失調症のデニスが精神療養施設を退院して中間施設に入るため、故郷に戻ってくるところから始まります。最初に電車で降り立つ駅はロンドンのセント・パンクラス駅で撮影されていますね。ブツブツ独り言をつぶやく挙動不審な様子から、彼の特異性が一目で分かります。
- そのまま彼はフラフラと施設へ向かいます。無愛想なウィルキンソン夫人に迎えられ、部屋に着いたはいいものの、なかなか落ち着きません。そしてまるで胎児のような格好で湯船に浸かるデニス。実は僕、もうこのへんから眠くなってました……。
- どの場面も示唆に富んでいて、独特の間と緊張感が特徴的だが、ダメな人にとってはそれが眠気を誘うんだろうな(笑)。
- しかし母親から「スパイダー」と呼ばれていた自身の子供時代を、デニスが自ら振り返るあたりから、サスペンスが展開し始めますよね。どこまでが事実で、どこからが妄想なのか判別しづらいですが……。
- 答えは最後に明かされるが、物語の目的は事実を明確にすることじゃないよね。 母親と娼婦がスパイダー少年の中で同一人物になっている。彼がそう感じてしまったことが問題なわけで。 ミランダ・リチャードソンの2役は文句なしに素晴らしいけどな。
- ちなみにミランダ・リチャードソンは後にウィルキンソン夫人にも成り代わりますから、正確には3役をこなしていますね。
- 父親のビルがその娼婦と会うパブは、ノース・ロンドンはHarringayのGreen Lanesにある「The Salisbury」で撮影されています。歴史的にも価値のあるフレンチ・ルネッサンス様式の外観を持つこのパブは、創業1899年の老舗で、2008年には専門誌で「ロンドンの文化遺産パブ・トップ10」の一軒にも選ばれているそうですよ。
「事実」はいつでも一つだが、人は皆、物事を自分が記憶したいように記憶しているものだよね。そうなると「真実」は人によって異なるわけで、何通りもあったりする。そんな中でみんな生きてるのかと思うと、世の中って実に混沌としていてあいまいだなと思うわけだが、そういった空気をこうやって映像化してしまうデービッド・クローネンバーグって、改めてすごいな。
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