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英国は現代も陰影礼賛
「送ってくれてありがとう。ちょっとだけ家でお茶でも飲んでいかない?」と、久しぶりに会いに行ったリヴァプール在住の義理の伯母が、イタリアン・レストランで一緒に夕食を食べた後、私たち家族を家に招いてくれました。
「もう遅いから、少しだけね」と言いつつ、家族4人で家の中に入っていきました。以前も来たことのある、小奇麗に整頓された伯母宅のリビングには、アンティーク調の木製のサイド・テーブルと、小さな飾り棚、座り心地の良いソファが置かれています。
「この間、片付けをしていたら見つけたの」と、子どもたちがまだ4歳くらいのころ伯母を訪ねたときに一緒に撮った写真を持ってきてくれました。ところが部屋があまりにも暗くて、リーディング・グラスをかけても、写真がよく見えません。ソファの脇にあったフロア・ランプの下に写真を持っていって、やっと写真全体を確認することができました。
伯母のリビングは「怪談を聞くのに最適」と言いたくなるほど、ひときわ暗いという印象でしたが、英国暮らしで日本と随分違うといまだに感じることの一つが、照明の暗さです。今のような冬の時期は暗くなるのが早いので、家の中の照明を午後3時ごろにはつけることも多いのですが、ライトをつけても、日本のように「ぴっかーん」という明るさにはならないのが英国の家。というのも、英国ではフロア・ランプやテーブル・ライトといった間接照明がメインで、色も黄色がかった暖色系が多いため。一方、日本では部屋全体を照らす白色の蛍光灯が一般的です。
何より不便を感じるのは、読書のとき。40代前半からリーディング・グラスが必要になった私の目には、部屋の照明が暗すぎて、テーブル・ライトの近くに本を持っていかないと、文字が読めません。思い起こせば子どものころ、夕方、部屋で本を読んでいると「暗いところで読んだら目が悪くなるから、ちゃんと電気つけなさい!」と母に怒られたことが何度もありました。でも、英国で子どもが暗い部屋で本を読んでいても、夫が(私も)「視力が落ちるから電気をつけなさい」と注意をすることはありません。
一説には欧米の人は虹彩と呼ばれる瞳の色が薄いため、日本人に比べて明るさに反応しやすいといいます。だからといって、それだけが理由とも思えません。むしろ「cosy」な雰囲気を求めてこうした照明を好む人が多いようにも思います。
一方、谷崎潤一郎「陰影礼賛」にあるように、日本でもかつてはろうそくなど薄暗がりでの生活が当たり前でした。それを考えると、現代の日本人が明るい照明を好むのも、瞳の色が理由というだけではなさそうです。