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英国ニュース解説

最終更新日:2012年9月26日

美術展が国際政治の舞台に 王立美術学校の苦悩

美術展が国際政治の舞台に
王立美術学校の苦悩

2010年秋に開催予定となっていた王立美術学校での展示会が、人知れずキャンセルされていたことが判明した。リヒテンシュタイン公国の君主が所有する貴重な絵画が出展されることから大きな注目を集めていただけに、関係者も落胆の色を隠せない。事件の背景には、国際政治をめぐる複雑な経緯があった。


王立美術学校とリヒテンシュタイン家の争い

王立美術学校
リヒテンシュタイン家
英国の国税局とのトラブルを受けて、王立美術学校で予定されていた展覧会への出品をキャンセル。過去にも、リヒテンシュタイン国内に資産を預けている顧客に脱税の疑いがあるとして、情報公開を求める英国やドイツといった欧州諸国と揉めたことがある。
王立美術学校
英国における美術界の最高権威として君臨する美術学校。芸術教育の振興と資金集めのための展示を行う場として、ロンドン中心部に巨大な展示スペースを設けている。2010年秋に、リヒテンシュタイン家が所有する美術・芸術工芸品の展覧会を開催する予定となっていた。

イースター期間中に開催しているロンドンの主な美術展

Van GoghThe Real Van Gogh
王立美術学校

後期印象派の代表的画家、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの油絵65点と素描30点を集めた展示会。
4月18日(日)まで £12

Royal Academy of Arts
Burlington House Piccadilly London W1 0BD
Tel: 0844 209 1919
Piccadilly Circus/Green Park駅
www.royalacademy.org.uk

MichelangeloMichelangelo’s Dream
コートールド美術館

イタリア・ルネサンスの巨匠、ミケランジェロが残した有名な素描作品である「夢」が公開される。
5月16日(日)まで £5

The Courtauld Institude of Art
Somerset House, Strand London WC2R 0RN
Tel: 020 7872 0220
Charing Cross駅
www.courtauld.ac.uk/gallery

Henry MooreHenry Moore
テイト・ブリテン

日本人の間でも高い人気を誇る英国人アーティスト、ヘンリー・ムーアの彫刻作品が並ぶ。
8月8日(日)まで £12.50

Tate Britain
Millbank London SW1P 4RG
Tel: 020 7887 8888
Pimlico駅
www.tate.org.uk/britain

Arshile GorkyArshile Gorky
テイト・モダン

旧ソビエト連邦諸国の一つであるアルメニア生まれの米国人画家、アーシル・ゴーキーの回顧展。

5月3日(月)まで £10
Tate Modern
Bankside London SE1 9TG
Tel: 020 7887 8888
Southwark駅
www.tate.org.uk/modern

Paul NashPaul Nash: The Elements
ダリッチ・ピクチャー・ギャラリー

シュールレアリズム作品を代表作とする英国人画家、ポール・ナッシュの回顧展。

5月9日(日)まで
Dulwich Picture Gallery
Gallery Road London SE21 7AD
Tel: 020 8693 5254
North Dulwich / West Dulwich駅
www.dulwichpicturegallery.org.uk

Paul NashKingdom of IFE
大英博物館

12〜15世紀に偉大な文明を築いた西アフリカ。その歴史を刻んだ彫刻作品などを展示する。
6月6日(日)まで £8

British Museum
Great Russell Street London WC1B 3DG
Tel: 020 7323 8181
Holborn/Tottenham Court Road駅
www.britishmuseum.org


君主とのトラブルで美術展は中止に

今年秋に王立美術学校での開催が予定されていた、リヒテンシュタイン家が所有する美術・芸術工芸品の展覧会が中止に追い込まれた。昨年末から、美術批評家たちがこぞって「2010年における芸術イベントの目玉」として取り上げていた同展は、リヒテンシュタイン公国君主のハンス・アダム2世が蒐集・所有する美術品が数十年ぶり、もしくは初めて英国で公開されることになっていただけに、中止を嘆く声も少なくない。

ロンドンの夕刊紙「イブニング・スタンダード」の報道によると、ハンス・アダム2世が突然、彼の美術品を英国に運ぶこと、つまり貸し出すことを昨年12月に白紙にしたのが原因とのこと。彼がこのような行動に出たのには、もちろん理由がある。2006年にロンドンで行われたオークションで、ハンス・アダム2世は英国の美術ディーラーを通して、16世紀の名作絵画群を購入した。ところが、英国貴族が所有していたそれらの絵画の売買取引に不明な点があるなどの理由で、英国の国税局(HMRC)が、絵画を英国から運び出す許可を出さずにいる。自らの資金で購入した絵画が売買成立後、数年を経ても自分の手元に届かないことに業を煮やしたハンス・アダム2世は、怒りの矛先を王立美術学校に向け、美術品の貸し出しを突然キャンセルしたのだ。

リヒテンシュタインと英国の微妙な関係

リヒテンシュタインと英国の間には、また別の問題が横たわっている。顧客情報に関する守秘義務を頑なに守ることで知られるリヒテンシュタインには、各々の国での徴税を逃れようとする個人投資家たちの資産が集まる。そのような仕組みを作ることで、リヒテンシュタインは、小国でありながら国際金融市場での地位を築いてきたのである。

しかしながら、徴税を行う立場である欧州各国政府にとって、同国の金融市場は脱税の温床にほかならない。とりわけ大きな懸念を示す英国とドイツは、同国に厳しい取り締まりを要求。これを受けて、ハンス・アダム2世は2008年、個人投資家の資産情報の透明化に取り組む宣言をするに至っている。

巨大化する美術展とその政治的側面

王立美術学校での展示会の開催に関するトラブルは、今回が初めてではない。2008年の「From Russia」展では、展示された絵画の所有主からの訴訟を押さえ込まなければならなかった。同年春に開催された「クラナッハ」展では、広告に使用された女性裸像がなまめかしすぎるとして、ロンドン地下鉄構内でのポスターの掲示を拒否されている。さらに2009年の「ビザンツ美術」展では、展示物を所有する美術館の担当者へ支払うロンドン滞在費が捻出できなかったため、一部の展示がキャンセルになったという出来事もあった。

英国では、大規模な美術展をブロックバスター(Blockbuster)と表現することが多い。美術展の規模がブロックバスター化するほど、利権、国家間の綱引き、資金の調達などが複雑化してくる。王立美術学校が今回巻き込まれた騒動は、芸術事業のそうした政治的な側面を如実に表している。

リヒテンシュタイン

正式名は、リヒテンシュタイン公国。オーストリアとスイスに挟まれた小国で、人口は約3万5000人。首都はファドゥーツ。公国を治めるリヒテンシュタイン家の歴史は、12世紀まで遡ると言われる。立憲君主国家ではあるが、同国における同家の影響力は非常に大きい。1989年に即位したハンス・アダム2世は、3男1女の父。普段はウィーンに居住しており、ダイビング、乗馬などを趣味とする。ハンス・アダム2世の個人資産額は、ヨーロッパ王室の中でもずば抜けており、英国のエリザベス女王のそれをはるかに凌ぐとされる。

(守屋光嗣)

 

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