再捜査の可能性と政界への影響
「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」盗聴事件
著名人への盗聴行為に関わった元記者と私立探偵に有罪判決が下された英大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」盗聴事件に関する新たな証言が最近報じられ、再び注目を集めている。また報道を通じて、タブロイド業界に蔓延する盗聴文化が表面化し始めた。
「ニューズ・オブ・ザ・ワールド(NOTW)」紙による
主な盗聴事件の経緯
2005年 | |
2月 | 私立探偵グレン・マルケアが、英プロ・サッカー選手協会(PFA)のゴードン・テイラー会長の通話を盗聴。 |
11月 | 英王室に関する盗聴疑惑を報じた記事が発表される。NOTW王室報道記者クライブ・グッドマンが、セント・ジェームズ宮殿のスタッフに対して盗聴の報酬金を支払う。 |
2006年 | |
1月 | ヘンリー王子及びウィリアム王子の携帯電話が不正にアクセスされ、その通話内容が盗聴されていたことをロンドン警視庁が確認。 |
4、5月 | マルケア氏が、ジョン・プレスコット(副首相)、ボリス・ジョンソン(現ロンドン市長)、テッサ・ジョエル(文化・メディア・スポーツ相)などの通話を盗聴。 |
2007年 | |
1月 | マルケア被告とグッドマン被告が不正盗聴を行っていたとして両者に禁固刑が下ったことを受け、NOTWのアンディー・クールソン編集長が辞任。 |
5月 | 英メディア委員会「The Press Complaints Commission」が、NOTWの組織的な盗聴行為疑惑を否定。 |
6月 | デービッド・キャメロン保守党党首が、クールソン氏を広報責任者に任命。 |
2008年 | |
7月 | NOTWからゴードン・テイラーPFA会長へ70万ポンド(約9300万円)を支払うことによって、両者間での示談が成立。 |
2009年 | |
7月 | 「ガーディアン」紙のニック・デービス記者が、NOTWの記者が私立探偵を雇い組織的な盗聴を行っていたと報道。下院メディア委員会が開催され、デービス記者が証言を行う。 |
2010年 | |
3月 | NOTWが評論家のマックス・クリフォード氏に対して100万ポンド以上の示談金を支払うことと引き換えに、同氏は盗聴事件に関する控訴の棄却に合意。 |
5月 | キャメロン首相が、クールソン氏を首相官邸の広報責任者に任命。 |
9月 | 米「ニューヨーク・タイムズ」紙が、クールソン氏がNOTW編集長として在職中、不正な盗聴行為に積極的に関与していたと報道。 |
盗聴事件の主な被害者たち
氏名 | 職業/所属 |
盗聴が発覚した経緯:ロンドン警視庁が確認 | |
ブライアン・パディック | ロンドン警視庁 |
クリス・ブライアント | 労働党議員 |
クリス・タラント | TVプレゼンター |
ヘザー・ミルズ | タレント |
ジョン・プレスコット | 労働党議員 |
キーレン・ファロン | 騎手 |
ミス・エックス | タレント |
ニコラ・フィリップス | エンターテイメント |
ポール・ギャスコイン | サッカー選手 |
シエナ・ミラー | 女優 |
スティーブ・クーガン | 俳優 |
盗聴が発覚した経緯:携帯電話会社が警告 | |
アンディ・グレイ | 元サッカー選手 |
盗聴が発覚した経緯:ロンドン警視庁が警告 | |
ボリス・ジョンソン | ロンドン市長 |
エル・マクファーソン | モデル |
ジョージ・ギャロウェイ | リスペクト党議員 |
ゴードン・テイラー | 英プロ・サッカー選手協会 |
ヘレン・アスプレイ | 王室 |
イアン・ブレア | ロンドン警視庁 |
ジェイミー・L・ピンカートン | 王室 |
マックス・クリフォード | 評論家 |
マイク・フラー | ロンドン警視庁 |
パディー・ハーバーソン | 王室 |
ヘンリー王子 | 王室 |
ウィリアム王子 | 王室 |
レベッカ・ウェイド | ニューズ・インターナショナル |
サイモン・ヒューズ | 自由民主党議員 |
スカイ・アンドリュー | サッカー・エージェント |
テッサ・ジョエル | 労働党議員 |
アンディー・クールソン | 保守党(広報責任者) |
デービッド・デイビス | 英サッカー協会 |
ジョー・アームストロング | 英プロ・サッカー選手協会のアドバイザー |
Sources: Guardian
※特に断り書きがない限り、肩書きは当時のもの
(写真上部左から)へザー・ミルズ、スティーブ・クーガン、ブライアン・パディック (同下部)シエナ・ミラー、ジョン・プレスコット、サイモン・ヒューズ、テッサ・ジョエル、ボリス・ジョンソン、クリス・タラント
盗聴は組織的な犯行か
米「ニューヨーク・タイムズ(NYT)」紙が、2007年に起きた英大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド(NOTW)」盗聴事件に関する新たな証言を報じたことで、同事件が再び脚光を浴びている。
NYT紙は、元NOTW関係者からのインタビューにより、著名人の携帯電話などへの不正アクセスで有罪判決を受けたグレン・マルケア被告(元私立探偵)とクライブ・グッドマン被告(元NOTW王室報道記者)の盗聴行為は単独的な犯行ではなく、組織的かつ日常的に行われていたと結論付けた。NOTWは社内やグループ会社内で不正行為がまかり通っていたとする同報道を全面的に否定している。英首相府も、デービッド・キャメロン首相の側近で広報責任者を現在務めるアンディー・クールソン元NOTW編集長の関与を改めて否定し、同人は必要があれば警察の事情聴取に応じる意向である旨を発表。しかし、今般の報道で同事件の根底にある問題が散見され始めた。
タブロイド業界に蔓延する盗聴行為
「The Dark Arts」とも呼ばれる盗聴行為は、タブロイド業界の取材活動においては一般的な手段となっているともされる。盗聴は競合他社や他の記者に打ち勝つために必須とされるほど業界内では蔓延していると伝えられ、盗聴が犯罪行為であるとの認識を持つ記者も少ないのではないかという見方もあり、報道そのものの姿勢や道徳観などが問われている。
NYT紙のインタビューに応えた元NOTW記者ショーン・ホール氏は、クールソン元NOTW編集長とはNOTWの姉妹紙「The Sun」の記者仲間であった。ホール氏は、当時からお互いに盗聴による情報交換を行っており、またNOTWの記者時代には、クールソン氏から「(盗聴を)積極的に促された」と証言。今回ホール氏が自らの盗聴行為を告白した理由については「グッドマン(被告)一人に罪を被せるのは不公平だから」としている。
警察の対応と政界の動き
今般の報道を受け、警察当局及び英政界にも動きが見られる。まず、ロンドン警視庁に再捜査を求める声が、被害者であるジョン・プレスコット元副首相からも上がった。警察当局とNOTWとの間に親密な関係があり、07年、マルケア被告とグッドマン被告による不正行為が発覚した際、他にも関与の可能性がある人物や組織の調査を意図的に怠ったとする指摘もある。これに対してロンドン警視庁のジョン・イェーツ警視総監補佐は、「新たな証拠が見付かり次第、捜査を再開する」との見解を表明。また、テレーザ・メイ内務相は、同事件に関しては既に十分な捜査が行われたとし、捜査再開は不要であるという見方を示した。
このような保守党の姿勢を受け、NOTWの発行元「News International」を傘下に置くメディア王ルパート・マードック氏による政治的圧力を指摘する声も上がっている。保守党が政権交代を実現した直後の本年5月18日には、マードック氏が秘密裏にキャメロン保守党党首を訪問して個人的な会合を開いたとも伝えられており、一連の盗聴疑惑が今後、政治事件化する可能性も十分にあるだろう。
Rupert Murdoch
オーストラリア出身のメディア王。父親は新聞王と称された故キース・マードック伯爵。現在、「NOTW」「The Sun」「The Sunday Times」「The Times」の発行元である英「News International」社を傘下に収める複合メディア企業、米「News Corporation社」の会長兼最高経営責任者。1979年サッチャー保守党政権発足と同時に左派主義から保守派支持へ転換し、その後97年、トニー・ブレア労働党政権発足と同時に再び労働党支持へ転換するなど、政治スタンスは日和見主義とも言われる。(吉田智賀子)
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