非合理的な金融政策一本化の歪みが露呈か
ユーロ財政危機とは?
欧州統一通貨「ユーロ」に対する不安が市場で拡大している。もともと米国の動向に左右されない経済構造の構築を企図して導入されたユーロは、政治的要素が強い半面、経済的な合理性は乏しく、金融・財政政策が協調できない可能性を孕んでいたとし、今般のユーロ財政危機は、欧州連合(EU)の金融政策一本化の歪みが顕在化しただけとする見方もある。
債務不履行が懸念されるEU加盟国(PIIGS)* 諸国債券利回り
*本欄下「関連キーワード」参照
Source: Thomson Reuters Datastream
PIIGSをめぐる相対図
ユーロ財政危機に関する主要国首脳の発言
ギリシャ財政危機からの悪循環
昨年5月、ユーロ圏諸国と国際通貨基金から第一次金融支援(1100億ユーロ)を受けたギリシャ政府が債務不履行に陥る可能性が高まったため、本年10月、ユーロ圏首脳会議で同国に対する第二次金融支援(1090億ユーロ)の実施が表明された。
2001年にユーロを導入したギリシャは、対国内総生産(GDP)財政赤字比を3%以内に収めるというユーロ加盟条件を満たしたことがなく、2009年には新政権発足とともに前政権のずさんな財政運営と過剰消費体質が明らかになり、事実上の財政危機に陥った。以降、ギリシャ政府は財政赤字を減らすべく緊縮財政を続けていたが、財政再建に向けたハードルが高く、大幅な歳出削減と増税の組み合せにより景気が悪化。税収が落ち込み、財政収支が更に悪化するという悪循環に陥った。更には、ベルルスコーニ伊首相が辞任に追い込まれるなど、南欧諸国を中心とするPIIGS諸国(「関連キーワード」参照)のほか、東欧諸国にまでギリシャ同様の財政連鎖が蔓延(まんえん)する危険性を憂慮する声も高まっている。
ユーロ財政危機の根源とは
ギリシャ財政危機に対するEUとユーロ圏の足並みの乱れを受け、市場はその危機対応能力に対する強い不信感を抱いている。しかし、今般の財政危機を招いた根底要素は、そもそもユーロ通貨統合の枠組みそのものにあると指摘する専門家の声が目立つ。1999年1月、EU圏内における統一通貨ユーロの導入により中央銀行と金融政策が統一された半面、ユーロ参加各国は、独自通貨と自国の金融政策を放棄する形を取った。つまり、ユーロ圏に参加することは、自国の財政が悪化し資金調達が困難になった場合でも、自国中央銀行が独自通貨で資金繰りをすることができなくなったことを意味する。結果として、債務不履行などによる金融危機・財政破綻(はたん)が発生しやすくなり、市場におけるユーロ加盟国に対する信用基盤の脆弱化につながったとする見方がある。また、ユーロ圏内の金融政策の一本化は、ドイツなどの経済大国北部と南欧諸国間に見られる所得水準や経済体質の違い、及び競争力格差を埋めることができなかった。これにより、ユーロ圏内の二極化が進んだことで南欧諸国が景気低迷したとする分析もある。
崩れ始めた経済神話
1992年、市場統合から政治統合に向けた「マーストリヒト条約」の採択を受け、英国など一部加盟国は、同条約が自国の金融・為替政策の自由のみならず、安全保障を含む政治主導の損失にも繋がる危険性があるとし、統一通貨参加を見送った。ジョン・メージャー元英首相は「現時点でユーロ圏の今後を楽観視する者はいない」と述べ、早期回復の見込みが見られなければEU加盟国全域にも影響が及ぶとし、英国もその例外ではないとの懸念を示した。
欧州地域統合の歴史を振り返ってみれば、世界大戦後、独・仏による石炭・鉄鋼の共同管理を通じた不戦と平和に向けた動きがその原点であった。地域経済の安定化が政治的不安定要素を排除するという基本思想が崩れつつある中、欧州各国でEU懐疑派勢力の台頭や政治の極右・極左化が見られ始めていることは、看過すべきではない。
PIIGS
EU加盟国のうち、財政赤字・経常赤字が大きく債務不履行が懸念されるポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペインの5カ国の頭文字。各国の財政問題の深刻化が指摘されているが、財政状況は一様ではない。また、「PIIGS」が「豚(Pigs)」を連想させる屈辱的な言葉として一部機関などでは禁句扱いされている。2010年にはギリシャ政府の債務返済能力に対する疑念が高まり、長期金利の上昇、株価の下落、為替の減価などが生じて国債(ソブリン債)の格付けが引き下げられ、経済が深刻な調整局面に陥った(ソブリン危機)。(吉田智賀子)
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