米国人大学生に26年の服役刑
英国人留学生殺人事件で有罪判決
イタリアの古都ペルージャで発生した英国人留学生殺人事件の2被告に対する有罪判決は、世界中で大きな注目を集めた。今年後半に控訴審があると見られ、まだ終結にはほど遠いが、今回の判決が下るに至るまでの背景などを振り返ってみたい。
メレディス・カーチャーさん殺人事件とは
2007年11月2日、イタリア中部ペルージャ市内の共同フラットで、英国人留学生メレディス・カーチャーさん(当時21)の死体が発見された。カーチャーさんは、借りていた部屋のベッドに半裸の状態で横たわっており、のどをナイフで刺されていた。検視では、カーチャーさんが前日の11月1日夜に死亡し、死ぬ直前に性行為を行っていたことも分かった。
同フラットの2階は、カーチャーさんのほか、3人の女子学生が住んでいたが、共有の浴室及び台所などからも血痕や血の付いた足跡が見つかった。また、イタリア人女子学生が借りていた部屋は、窓が割られ、部屋にあった衣服等が荒らされていた。
事件後間もなく、カーチャーさんのフラットメイトであった米国人留学生アマンダ・ノックス、ノックスの当時の交際相手であったイタリア人大学生ラファエル・ソレチト、バー経営者のパトリック・ディヤ・ルマンバが逮捕された。更に11月下旬には、4番目の容疑者として、コートジボワール出身でペルージャ在住の男、ルディ・ガデがドイツ国内で逮捕された(このうち、バー経営者は、犯人であるとしてノックスが警察に名前を伝えたため逮捕されたが、アリバイが成立したため、間もなく釈放された)。
ノックス、ソレチトは共に、警察の取り調べで、事件が発生した夜の自分の居場所、行動に関する供述を何度も変えた。2人はその理由について、同夜はソレチトのフラットで共に過ごし、一緒に大麻を吸ったため、記憶が曖昧になったためだと話している。
ルディ・ガデは、通常より手続きが早く終わる「ファストトラック(fast-track)」式の裁判を自ら望み、2008年10月、カーチャーさん殺人及び性的暴行の罪で30年の服役刑を言い渡された。捜査では、殺人現場とカーチャーさんの体内からガデのDNAが見つかった。ガデは、事件が起きた夜に、カーチャーさんと共にカーチャーさんのフラットにいたことは認めたが、犯行は自分がトイレに行っている間に起きたもので、自分は無実であると訴えていた(なお、2009年12月22日、ルディ・ガデの裁判の二審の判決が下され、16年の服役刑に減刑された)。
ノックス、ソレシトの裁判は2009年1月に始まった。検察は、事件当日、ノックス、ソレシト、ガデが「過激なセックス・ゲーム」に興じ、3人は、カーチャーさんが「ゲーム」に加わることを拒否したため殺したと主張した。ノックスとソレチトの犯行が疑われる理由として、検察は、前述のように、ノックスが、無実のバー経営者を犯人であるかのように警察に伝えていたこと、事件後数時間、2人の携帯電話のスイッチが切られていたこと、カーチャーさんの部屋に見つかった血の付いた足跡がソレチトの靴と一致したことなどを挙げた(弁護側はこれを否定)。
2009年12月4日、2人の裁判官を含む8人の陪審チームは、カーチャーさんの殺人、性的暴行など複数の罪状で、ノックスに26年の服役刑、ソレチトに25年の服役刑との評決を下した。
メレディス・カーチャーさん殺人事件関係者
アマンダ・ノックス(Amanda Knox)
1987年7月9日生まれ、22歳。米シアトル出身。父は同国の有名デパート「メイシーズ(Macy's)」の幹部、母は数学教師。幼い頃、両親が離婚。現在20歳と14歳の2人の妹がいる。2005年にワシントン大学に入学、言語学を学ぶ。2007年9月、イタリア語、ドイツ語、クリエイティブ・ライティングを学ぶため、ペルージャ外国人大学(University for Foreigners Perugia)の1年コースに入学。殺されたカーチャーさんとは、ペルージャ市内のフラットをシェアしていた。 刑務所内では、ドイツ語や中国語を学ぶほか、エッセイ・コンテストに応募、入賞するなどしている。逮捕以降、米国の家族、親戚、友人らが、無罪を訴える大々的なキャンペーンを展開しており、特に父親がその代表者的存在になっている。
ラファエル・ソレチト(Raffaele Sollecito)
1984年生まれ、25歳。イタリア・バーリ(Bari)市出身。父は泌尿器科の専門家で、実家は裕福である。事件発生当時は、ペルージャ大学で工学を学ぶ学生だった。ノックス受刑囚とは、カーチャーさんが殺される2週間前に交際を始めたばかりだった。逮捕後、ノックス受刑囚とは恋人関係を解消している。刑務所内では「ヴァーチャル・リアリティ」に関する学位取得のための勉強をしているという。
ルディ・ガデ (Rudy Guédé)
コートジボワール出身。22歳。5歳の時に父と共にペルージャに来る。しかし父はルディが16歳の時に帰国。その後、裕福なイタリア人一家に養子に取られるが、素行が悪く、やがて里親とは疎遠になる。学業を諦め、バーなどで働く傍ら、麻薬密売にも携わっていた。カーチャーさん殺人事件で逮捕される以前から、麻薬や窃盗関連で警察には知られた存在だった。
メレディス・カーチャー(Meredith Kercher)
ロンドン南部生まれ、サリー州出身。父はフリーランス・ジャーナリスト。母はインド人で専業主婦。兄2人、姉1人。リーズ大学で欧州学を学び、2007年8月より、同大学の交換留学プログラムを利用して、ペルージャ大学に入学。現代史、政治理論、映画史を学んでいた。享年21。明るい性格で友人が多く、ロンドン市内で行われた葬式には300人以上が参列した。
「人格攻撃」が評決に影響か
イタリアで起きた英国人留学生殺人事件で先月、当地の裁判所から26年の服役刑を言い渡された米国人学生アマンダ・ノックス受刑囚(22)の家族は、判決後の声明で、「アマンダへの『人格攻撃』が裁判官及び陪審員の評決に影響を与えた」とコメントした。
例えば事件後、フラットメイトが殺されたにも関わらず、無表情で、悲しみを見せなかったこと。それどころか、取り調べを待つ警察署で、体操選手のごとく側転をするなどの「奇行」を見せたこと。渡伊後から逮捕までの1カ月半の間に既に数人の男性と性的関係を持っていたこと。米シアトルで自ら主催したパーティが乱痴気騒ぎに発展し、警察沙汰になった経験があること。こうした、事件とは無関係なものも含めた様々な逸話は、メディアで執拗に報じられただけではなく、裁判において検察側の主張に使われ、「酒・麻薬に溺れるふしだらな女殺人鬼」といった「犯人像」が形成されていった。冒頭に挙げたノックス受刑囚の家族のコメントは、こうした背景に基づいたものであった。
DNAは「証拠になり得ない」との証言
一方、裁判で検察側が掲げた証拠は、脆弱なものだった。検察が「有力証拠」として示したのは、ノックス受刑囚の当時の恋人で、やはり有罪となったイタリア人学生ラファエル・ソレチト受刑囚(25)のアパートにあった料理用ナイフに「付着していた」とされるノックス受刑囚とカーチャーさんのDNAであった。しかし裁判では、専門家が、これらのDNAは余りに微小であり、決定的な証拠にはなり得ないと証言。またこのナイフは、ノックスさんの首の3つの刺し傷のうち2つと形が合致しないばかりか、血が付いた痕跡も発見されなかった。
加えて、殺人現場の部屋からは、ノックス受刑囚のDNAや指紋は全く発見されなかった。ソレチト受刑囚については、カーチャーさんのブラジャーの留め金からDNAが見つかったと検察が主張したが、その信頼性にも疑問が持たれている。
再審無罪のシナリオ出来ている?
一方で、今回の判決を、イタリア社会とその裁判制度の特殊な事情といった点から説明する向きもある。まず、イタリアは、「人の面目を保つ」ことを重視する社会である。そして同国の裁判制度では、一審の判決後、被告に対し、自動的に2回控訴する権利が与えられ、実際に一審の判決が覆されるケースは多い。イタリアの法律に詳しい専門家などがメディア等で語っている説明とは、これらの事実を考え合わせ、「今回の一審判決は、警察、検察、裁判官の面目を保つためのもの。再審で逆転無罪の判決を下し、彼らの顔を潰さず、同時に、イタリアの司法制度が公正な判断を下せることを国際社会に見せる、というシナリオが既に出来上がっている」というものである。だからこそ一審の判決は、再審で覆されやすいような、矛盾を含んだものになっているのだ、ということらしい。
ともあれ、イタリアの裁判制度のもう一つの特徴は、進行ペースが遅いことであり、本件の二審が実施されるのは、今年秋頃になると見られている。それまで塀の中の2人の受刑囚は、どんな思いで日々を過ごすのであろうか。
Perugia
イタリア中部の都市。ウンブリア州の州都でペルージャ県の県庁所在地。面積約450キロ平方メートル、人口約15万人。カーチャーさん殺人事件の関係者が通っていたペルージャ大学、ペルージャ外国人大学のほか、アート、音楽の教育機関もあり、学生の町として知られる。今回のノックス受刑囚に対する有罪判決の背景には、世界各国から押し寄せる留学生の若者たちが、昔ながらの古都の雰囲気を変えていることに対する住民の反発があったという意見もある。住民の大半はカトリック。観光名所はペルージャ大聖堂、プリオーリ宮殿、大噴水など。
(猫)
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