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英国ニュース解説

最終更新日:2012年9月26日

エジプト国旗2012年エジプト大統領選挙
暫定軍政の思惑と新生エジプト国家

エジプトに訪れた「アラブの春」から約1年4カ月、北アフリカに位置するアラブの大国は、民主化第2幕となる大統領選挙を迎えた。しかし、大統領選挙の立候補者を選出するプロセスでは、軍の影響力を今後も維持しようとする暫定軍政の画策が見え隠れしている。

2012年エジプト大統領選挙立候補者13名

旧政権勢力

アハメド・シャフィクアハメド・シャフィク
ムバラク旧政権の最後の首相だが、数カ月で辞任。旧政権内では常に反対勢力であったと主張。各知事に対し、革命で命を落とした市民の名を各地の通りの名前とするよう提案。

アムル・ムーサアムル・ムーサ
経済と、国家の安定を政策の中心に据える。元アラブ連盟事務局長。ムバラク旧政権で10年間外務大臣を務めた。社会正義を唱えるリベラル派として、旧政権との距離を取る。

フサム・ハイラッラー
民主平和党。元エジプト軍空挺部隊長。1976年に退軍、2005年まで諜報機関に所属。

アブドゥラ・アルアシャル
カイロ・アメリカン大学教授(国際法)、元外相補佐。



イスラム勢力

モハマド・モルシモハマド・モルシ
ムスリム同胞団系「自由公正党」党首。同党擁立候補者であったハイラト・シャーテル氏の失格を受け、予備候補であったモルシ氏が代わって立候補することになった。

アブドゥル・モネイム・アブルフトゥーハアブドゥル・モネイム・アブルフトゥーハ
ムスリム同胞団元幹部。大統領選への出馬表明以降、同胞団での活動を一時停止された。自由と正義の推進、教育の強化、アラブ諸国からの投資の受け入れなどを提唱。

ムハンマド・サリム・アルアッワ
イスラム系弁護士、国際仲裁委員。「アルワサト党」の支持を受けている。



無所属

ヒシャム・アルバスタウィシ
左派「タジャンム党」立候補。ムバラク旧政権における上訴法廷副裁判官。2005年の議会選挙で旧政権の選挙不正に対する反対勢力として台頭し、国民的英雄に。

アブアリズ・アルハリリ
左派「社会主義大衆同盟党」の共同創立者。社会主義者、労働活動家としての顔を持つ国会議員。1976年に最年少国会議員として当選した。

ハムディン・サバヒ
国家主義を提唱する「アルカラマ党」共同創立者。

カリド・アリ
最年少の立候補者。人権擁護活動家、労働弁護士。

マフムド・フサム
現職の警察官。1958年に警察学校を卒業。

ムハマド・ファウジ
元警察官。南方エジプト警察捜査部に勤務。



在英エジプト人にも投票呼び掛け

5月23、24両日のエジプト大統領選挙に先駆け、在英エジプト大使は、5月11〜17日の在外投票を行うよう在英エジプト人に呼び掛けた。英国には25万人程度のエジプト人がいると見られており、そのうち6250人が在外投票登録を済ませていたが、実際の投票数は数千であった模様。今回の大統領選挙で、これまで国家統治を担ってきた軍最高評議会の暫定軍政から民政移管が完了し、6月21日には新大統領が誕生する予定だ。  

中東地域で発生した一連の民衆蜂起「アラブの春」の波に乗り、昨年1月25日、エジプト市民は首都カイロの中心地タハリール広場に集結し、ムバラク大統領の退陣を求める大規模デモを実施した。少なくとも850人の死者を出したとされるこのエジプト革命は、後に「追放の金曜日」と呼ばれる2月11日、30年近くに及んだムバラク独裁政権をついに崩壊させた。

イスラム勢力を敵視する暫定軍政

しかし、昨年11月以降、暫定軍政に懐疑的な市民は、軍政の即時退陣を求めて軍勢力と激しい衝突を続けてきた。軍政は、新大統領及び新政権が誕生した段階ですべての権力を引き渡すとしているが、多くの専門家らは、米国から巨額の軍事援助を確保するなどして軍は今後も政治介入を継続するだろうとの見方を示している。また今般の大統領選挙においても、大統領選立候補者23人中、スレイマン前副大統領やムスリム同胞団が擁立するシャーテル氏などを含む10人を選挙管理委員会が失格とするなど、軍政の思惑が色濃くにじむ情勢となった。  

これら失格の措置は、現在、エジプト人民議会で圧倒的多数を占める穏健派イスラム原理主義組織ムスリム同胞団系「自由公正党」と、厳格なイスラム教サラフィー主義(右記「関連キーワード」参照)を打ち出す「光の党」による更なる政治力の拡大及びイスラム系大統領の誕生を阻止したいとする軍政の策略である可能性が高い。またイスラム勢力が大統領という実権を掌握し、エジプトがイスラム原理主義国家として誕生することは、英国を含む欧米諸国も避けたいシナリオであろう。

民意を反映した新生エジプト国家とは

13人の大統領選挙立候補者の中で最も有力なのは、旧政権勢力で世俗派のムーサ氏(元アラブ連盟事務局長)とシャフィク氏(旧政権元首相)そしてイスラム勢力のアブルフトゥーハ氏(ムスリム同胞団元幹部)とモルシ氏(自由公正党党首)の4人である。エジプト各メディアは、上位2位と見られるシャフィク氏とモルシ氏が6月16、17日の決選投票に進む公算が高いと報じた。

軍政は、欧米型民主主義でもイスラム原理主義でもない、軍の影響力が継続可能な国家の形成を目指しているように見える。旧政権下におけるエジプトの選挙は、野党議員逮捕や賄賂などによる選挙妨害、票の操作などが蔓はびこ延り、有権者の意向は反映されてこなかった。もし、今回の大統領選挙が不正選挙に終わったとすれば、軍政に対する批判が高まり、また「アラブの春」の意義が問われ、民主主義の誕生を夢見て命を落とした多くの革命参加者の遺族などの憤りと悲しみは深まることになる。

Salafism

サラフィー主義。厳格なイスラム原理主義運動を指す。18世紀、サウジアラビアの宗教改革家ムハンマド・ビン・アブドルワッハーブが、イスラム教唯一神アラーの絶対性を説くサラフィー運動を展開したことから、ワッハーブ運動やワッハーブ主義とも呼ばれる。エジプト革命後に発足したエマド・アブデル・ガフォール党首率いる「光の党」は、エジプト国家へのシャリア法(イスラム法)導入を提唱する過激派勢力であり、国内における少数派キリスト教徒などに対する襲撃事件にも関与していると見られるなど、異教徒や外国人に対する排他的な思想を展開している。

(吉田智賀子)

 

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