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Fri, 29 March 2024

第2回 サミュエル・ジョンソン

ジョンソン博士という人、英国文壇の大御所と言われながら、何をしていた人間なのか、いまひとつイメージがピンと来ない。

小説や劇の名作があるわけではない。代表作として後世に残したのは、大部の「英語辞典」。AからZまで、アルファベット順に厖大ぼうだいな言葉が並ぶが、そこはひと癖もふた癖もある男のこと、ところどころで極めて主観的な定義をやってのけた。「パトロン」を説明した引用の言葉は、その代表例として世に知られる。

曰く言われはこういうことらしい。「英語辞典」編纂へんさんに当たって、ジョンソンはチェスターフィールド伯に経済的支援を請うが、けんもほろろに冷たくあしらわれた。怒り心頭のジョンソンは、ナニクソとばかりに独力で辞典を完成させる。

と、その頃になって、チェスターフィールド伯の方から援助を言ってきた。最も苦しい時期に袖にしておきながら今さら何をと、ジョンソンは伯に書き送る。のみならず、「英語辞典」でもチクリとやって、胸のつかえを下ろしたのである。

フリート街にあるジョンソン記念館には「英語辞典」の原本が飾られているが、この「パトロン」が載るページは訪問客の手垢で少々黒ずんでいる。ユーモアたっぷりの「名言」があればこそ、「英語辞典」は後世にも人気を呼び、今も人々を記念館に向かわせる。

姑息な腹いせなどと考えてはいけない。ただの私憤私憤に留まっていたなら、名言なぞ生まれない。私憤を超えて「言葉」として定義できた時に、人は煮え立つ湯のような私的感情を卒業して、生きる肥しに転じることができる。

その実、言葉に独自の定義を与えるということは、そうたやすいことではない。自分自身をも客観視する、人生への深い観照を要することだからだ。

姑息な腹いせなどと考えてはいけない。ただの私憤私憤に留まっていたなら、名言なぞ生まれない。私憤を超えて「言葉」として定義できた時に、人は煮え立つ湯のような私的感情を卒業して、生きる肥しに転じることができる。

ためしに、「パトロン」の代わりに、自分に関わる様々な言葉を入れてみるがよい。「上司」とは、「夫とは」、「妻とは」……。自分なりの定義がすらすらとできるような人は、人生の達人である。人生とは、この自分流の言葉の定義づけを重ねる「辞書作り」なのだと私は思う。経験や年齢によって、人は己の辞書を豊かにしていく。「愛とは」「友情とは」「家族とは」「孤独とは」……。

人生の与えるすべてがロンドンにはあるとしたジョンソン。その人が、辞典作りに精を出し、編纂へんさんに才能を発揮した人であったことは、いかにも、さもありなんという気がする。

 
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