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Mon, 15 August 2022

第15回 中産階級─日英比較の一視点

日本の中産階級

1年ぶりに日本に1週間ほど出張した。英国と異なると思った点を書いてみる。

1)東京都心は、ガラス張りの高層ビルが多く建ち、どこもピカピカである。ロンドンではあまりみないオフィス、レストラン、ホテルが一体となった雑居高層ビルにあるレストランの食事はロンドンより格段においしく、1ポンド=200円で考えると安い。スーパーマーケットの野菜の品揃えは、非常に多種で細かい。

2)東京の電車の中にいる女性は皆同じ化粧で同じ顔にみえる。夜遅く電車でコンビニのおにぎりをほおばり、ゲームボーイに熱心な小学生も気になった。街は、日本人ばかりでロンドンのようにいろいろな人種に普通に会うことはない。

3)地下鉄やJRは、ノーザン・ラインのように遅れることはまずないが、非常に混んでいる。人にぶつかることが多く、何か皆電車の中では不機嫌そうだし、寝ている人も多い。安心しきっているのか、テロに対する緊張感はない。

4)ビジネス・ホテルの客には中国人と韓国人も3分の1くらいいた。成田も関空もJRも日英のみならず中韓国語表示である。NHKが放映している「宮廷料理人チャングムの誓い」のためか韓国宮廷料理ブームのようだ。

こうした日英の差には、実は共通項があるように思う。通奏低音は、彼我の中産階級の差である。日本では、バブル崩壊で生活が苦しくなった層が増えているとはいえ中産階級が国民の大多数であるのに対し、英国では人口の20%程度である。

戦前、日本は脱亜入欧を掲げ、英国もその手本の一つであった。大学出のサラリーマンという中産階級が増加したが、それでも全体の人口の数%に留まっていた。しかし、戦後の農地解放以来、高度成長ともあいまって大学進学率が40%を超え、中産階級が勃興した。東京にはそうした人口が多い。こうした中産階級消費者の商品やレストランに対する消費者からのニーズが高く、求められる水準も高いので、市場原理に基づく激烈な競争になる。スーパー、家電、レストラン、旅行などで厳しくかつきめ細かい要求がなされる。中産階級の中での教育競争、受験戦争も厳しいものになる。弥生時代からの米作文化、江戸時代の鎖国以来の村の中での日本人だけの競争、横並び意識が全国レベルで共有されることになった。企業内競争も同じ延長線上にある。

世界経済はグローバル化している。原材料は世界中から買い集められ、製品、サービスは世界レベルで競争している。ただそれを享受できている層は世界的には一部である。日本の中産階級1億人はこれを享受している。英国では1200万人ほどではないか。最近の円安はこうした日本人の海外投資の勃興が主因である。お上が握っていた金融や教育などの規制分野がどんどん自由化され、日本の中流がレストラン選好のように金融でも目覚めつつあるようにみえる。

英国の中産階級

一方で、日本の中産階級があこがれるのは人口の20%程度しかいない英国の中上流の人々の生活である。ここでの価値は、自分の考えを持ち、自分のライフスタイルで生きるということではないか。もちろん他人にそれを押し付けることはない。英国社会の安定は、ある面で労働者階級が無理な上昇を望まないことにある(インド系の上昇志向の影響は別に論じたい)。労働者のみをみればサービスや食事への要求もそれほど厳しいものではないと思われる。

ただ、日本の消費生活の豊かさは必ずしも精神の豊かさを意味しない。農村的な集団主義とお上への過度の信頼は、個人主義、自分の頭で考えた主張を持つといった精神的な成熟を妨げている。この点、英国の中産階級には、個の成熟があるのではないか。日本人の個人的な成熟、個の確立は社会のエリート層だけの問題ではない、一種の世界史的な実験として国民のほぼ全体の成熟が問題になる。こうしたことが可能なのか、小泉改革で中流の解体が進むのか、まだよくわからない。自分の意見を持たなければ、下手をすれば集団的な未成熟が、ヒットラー登場につながる。

ここ20年ほどの間に中国とインドで中産階級が勃興してきたとき、日本のこれからの10年の経験が、彼らに対峙しうるだけのものになるかかどうかが重要だ。中印での中産階級勃興は、インフレ、食糧危機により世界経済を非常に不安定にすることになろうが、その時こそ日本の成熟が試されるときだ、と帰りの機中で考えた。

(2005年11月27日脱稿)

 
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Mr. City:金融界で活躍する経済スペシャリスト。各国ビジネスマンとの交流を通して、世界の今を読み解く。
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