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Thu, 08 December 2022

第3回 仏蘭レファンダムと今後のEU

ユーロ紙幣の裏

ユーロ紙幣の裏側にはヨーロッパの地図が印刷されている。国境はもちろん、EUの境界も画されていない自然の地形図だ(ロシアの西端とトルコ、北アフリカが含まれているのは意味深だが)。今回は、人間が作った国境や国というものを、戦争でなく話合いで取払おうとしているEUの試みの難しさと将来について考えてみたい。

EU憲法案(囲み参照)の賛否についての国民投票(レファレンダム)で、5月29日フランスはNON、6月1日オランダもNEEという答えを出した。

これを受け、ドイツ、イタリアなど不調の経済に加え、政治面でもEUの将来について慎重論が広がり、金融市場でもユーロは一時1ユーロ=1・22ドル近くまで売られた(去年のピークは約1・37ドル)。果たしてEUの将来は悲観すべきものだろうか。この問題を考える際には、EUという取組みの難しさを考えてみるのがよいと思う。

EUの本質的な難しさ

なぜ難しいのか。言うまでもないが、英、仏、独を含め25加盟国は、ローマ帝国の前から2500年以上の長い戦争の歴史を経て、民族や宗教をキーに近代国家となった。さらに2度の大戦と共産主義の台頭、そして崩壊をくぐり抜けており、程度の差はあれ大きな憎しみと悲しみを負って今日存在する。国家が、戦争せずに話し合いでまとまって一つの大きな国になったことは例がなく、例がない以上、社会実験なのだ。

具体的に言えば、経済政治面から難しい点は3つ。第一は、金持国(例えばフランス)の貧しい人が、貧しい他国(例えば南欧)や他の金持国(例えばドイツ)と関係の深い国(例えば東欧)に補助金を出すために税金を払うことに納得していないこと。EUでは、補助金の必要額を小さくするために、それぞれの国の生産性に応じた賃金・物価の調整メカニズムを働かせるべく、各国の経済社会制度(最低賃金、労働時間など)の差を10年で最小限とする運動を2000年から行なっている(リスボンアジェンダ)。しかし、制度は国民性そのものの体現であり、調整は遅々として到底できそうもない(常識で考えて10年は、はなから無理だが)。

さらに、そもそも前提の共通通貨ユーロも大きな波乱を迎えるかも知れない。通貨を1つにすることは金融政策の担い手である中央銀行を1つにすることを意味しているが、ドイツ経済の低迷と財政赤字拡大、フランス、スペインなどの住宅価格高騰、といったバラバラの各国経済の動きに、欧州中央銀行(ECB)が持っている武器はユーロ金利しかなく、身動きできない状態になっている。

第二は、経済政策について、アングロサクソン流の市場主義と大陸の社会民主主義の対立軸がある中で、ブリュッセルの政策はいずれの立場からも満足されていない。大農業国フランスでは、ミッテランの例をあげるまでもなく社会主義的な政策への支持が根強くある。これにアンチアメリカのセンチメントが重なって、自由主義的な政策への反発がある。しかし、前回述べたように社会民主主義の側も国家がどこまで関与すべきなのか、どこまでが民間の自主性に任せるべきかについて明確な議論がなされているとは言いがたい。NOというだけなら簡単だが、どうするのかについて議論が深まる必要がある。この点、5月26日に行われたブレア首相による「リスクと国家」と題する過剰な公的規制撲滅への訴えには凄みがあったが、議論はこれからである。

第三は、ブリュッセルの官僚群が非民主的に計画を立て、各国政府に施行を求める傾向があることである。EU内4・5億人近くに影響のある金融規制を、EU委員会事務局ではたった2人で原案を書いて、それが欧州議会の審査なしにほぼそのままEU規則になったのを見て、その非民主性に驚いたことがある。

今回のフランスのNONは、第一の点(トルコ加盟など)、第二、三の点(ブリュッセル官僚のアングロサクソン的な政策の是非)が表に出た結果であったと思う。それが、シラク大統領の信任投票という形で総括されていったのであろう。

これまでのEUの成果と今後

これからのEUを考えるときに長期と短期を区別する必要がある。

長期をみると、ジグサグする過程は当然予想されるが、僕は、時計が後戻りしてユーロがなくなり、EUが解体することは決してないと思う。EUの原点は、2度と欧州内で大戦を起こさないことにあった。戦後60年間この点は達成されている。また共通通貨ユーロは便利で、金融市場でも取引量が大きく拡大、基軸通貨ドルをいずれ脅かすであろう。また、何よりも、ヨーロッパの人々はEU加盟国間を頻繁に行き来し、自らの制度の差を論じ、学び、調整を重ねている。このプロセスこそ、EUの本質である。そこで得られる信頼感と一体感は、決して後戻りしない。時間(300年単位ではないか)の中で国の垣根は取り払われていくであろう。先月英国政府は50年国債を発行した。ロンドンの金融マーケットは世の中の先を見通す目利きの世界一の賭場だが、せいぜい50年までで、300年先の議論はいまだ聞いたことがない。長い投資家は直近のユーロ安に慌てる必要はない。EUの母体となったEC(ヨーロッパ共同体)発足以来たった40年弱、今回は「stop to think」しただけではないか。

では短期的に何を考えるのか。もともと難しい経済統合プロセスは、長い時間の中でしか解決できない。短期に改善可能なのは、各国民の民意をもっと反映する仕組みを作ることだ。フランス革命以来の一国レベルでの間接民主制と権力分立を超えた国家連合体の統治構造論の新境地を開けるかどうかが焦点だ。それこそが憲法の名にふさわしい(政策決定の迅速を重視し、民意反映度を何ら改善しない憲法が、レファレンダムにより否定されるのは単なる符合ではあるまい)。何とブレア首相は強運か、彼は次のEU議長として、うまくいけば英国総選挙での色褪せ感を克服し、歴史に名を残すチャンスを手に入れたではないか。アジアでEUは可能か、日本人も参考にすべき点があるのではないか。

(2007年6月1日脱稿)

 
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Mr. City:金融界で活躍する経済スペシャリスト。各国ビジネスマンとの交流を通して、世界の今を読み解く。
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