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日経電子版Pro
Tue, 20 April 2021

第57回 政治家の貧相、オタク、税制、テロ

新世紀からの変化

今回は、経済活動の前提となる社会構造に世界的な変化が見られるように思うのでその話をしたい。前々回、日本は言うに及ばず、欧米でも政治家の顔が貧相なのはなぜだろうかと疑問を呈した。政治は権力であり、富の分配に関わるので豊かな社会では政治の役割は小さくなる。役割の小さい所に良い人材は集まらない。では人材はどこにいったのか。企業というのがこれまでの答えであった。しかし、企業のトップもどうも活き活きしているようには見えない。さすがにHSBCのボンド会長など世界的な企業のトップに投資家説明会の場などでお目にかかると違うなとは思たが、日本の企業トップには自信を感じないことが多い。トヨタ成功の原因といわれる、現場の掌握を会得している感じがないのだ。

では人材はどこにいったのか。米国では、最優秀な学生は起業するという。日英でもIT関係の起業家に会うと確かに意思が明確だと感じる。ITの世界では、好きな人がやりたいことを実現するための無償ソフトを公開し、それらをインターネットを通じて世界中の好き者たちが改良している。金儲けではなくボランティアなのだ。ウインドウズやUNIXなどの従来のオープン系の基本ソフトを凌駕する勢いのLINUXもそうして出来た製品である。最初のアイデアを出したフィンランドの大学院生トーバルドさんが、その動機を「楽しかったから」と言っているのが象徴的だ。

オタク輝く

日本では、こうした1つのことにマニアックに集中している人のことをオタクとやや揶揄するようなニュアンスで呼んでいる。しかし豊かな時代において、何でも表層的な理解でまとめるだけの政治家や企業トップの役割は明らかに縮小している。1カ所で他にない抜きん出た研究と知識を持った者が、つまり一種の好き者たちがボランティアに集まる世界が確実に力を持ってきている。

米国のベストセラーにウィキノミクスという本がある。ネット上で参加者が自由に作り上げる辞書で、今やブリタニカをしのぐ内容と言われているウィキペデイアのような、自由市民による任意参加のゆるやかな結合体が経済的に大きな意味を持つという内容である。エコノミストの間でも以前からNPOの活動がGNP統計などに反映されないことは問題視されてきたが、それでもそのNPOが経済活動の中心になるとは考えられて来なかった。しかし、おたくの仕事がつながり、それを無料供与することで消費者は利益を得る。お金を媒介にした取引のほかに、オタク同士の協力、いわば贈与や交換といった活動も経済的に意味があると哲学者が主張していたが、これが現実になり、しかも取引と同等以上の意味を持ち始めた。もちろん、おたくが起業することも考えられる。

起業促進税制とテロ抑止が鍵

こうした動きはもう止めどないものになるだろう。その点、ある起業家は、日本の税制では所得がいくら増えても税金が超累進的で、こうした起業を促進どころか抑制する作りになっていると嘆いていた。倒産法制もかなり良くなったが、その運用を見ると倒産者に復活はなかなか許されていないのが現実だ。いずれも制度が変化についていけてない例である。もちろん、市民間のボランティアにも欠点がある。安全を最終的に担保する国家という存在の欠落は不安定を意味する。インターネットの画面に暗号を組み込んで通信していると言われるアルカイダの手口を取り締まることは十分には出来ていない。しかし、ボランティアでウイルスバスターやスパム撃退ソフトを提供する人はいる。この点も、豊かな社会なら性善説的に考えて希望を持って良いかもしれない。

いずれにせよ、税制や規制などにおける国家間の制度競争と制度ショッピング*する多国籍企業の活動が展開されて久しいが、既に個人も国境を確実に越え始めている。そうだとすれば、税や規制の問題は他国との差異をもっと厳しく問われることになって来ると思う。年金など社会保障も同じである。

サラリーマンの没落

最後に個人の生き方の問題として、オタクの時代には、ジェネラリストは本当に一握りで十分ということになる。そのいずれでもない人は、結局消費者としての役割しかないことになるのではないか。ヨーロッパの中世を終わらせたルターの宗教改革は、グーテンベルクの活版印刷により大量のドイツ語訳の聖書が提供されたことが最大の勝因だという。ITとインターネットというコミュニケーション・ツールが近代国家、及び画一的な発想しかできない官僚的なサラリーマンの存在に変化を与えることはもう確実だ。

*より有利な制度の適用を求めて取引拠点をあえて国境を越えて移すこと。例えば税金の高い国から低い国へ本社を移すことなどを指す。

(07年7月10日脱稿)

 
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Mr. City:金融界で活躍する経済スペシャリスト。各国ビジネスマンとの交流を通して、世界の今を読み解く。
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