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日経電子版Pro
Tue, 20 April 2021

第65回 英米モデルの動揺と、大君の都の人材成熟如何

大君の都、日本

幕末の日本に3年間滞在した英国の初代駐日公使オールコックの日本滞在記である「大君の都」に、「英国では近代教育のために子供から奪われつつある1つの美点を、日本の子供たちは持っていると私は言いたい。すなわち日本の子供たちは、自然の子であり、大人ぶることがない」というくだりがある。これと同じ気持ちをモロッコに旅した時に持った。

同国中央部マラケシュ郊外では、子供たちはみな裸足なのだが、特に年嵩の子供らの目の輝きがロンドンや東京とまったく違っていた。聞くと海外に行くなどとんでもない、大人でも渡航制限があるほか、航空機代金が高くてとても国外には出られないということであった。単純な比較は難しいが、日本の明治維新の頃の記述に似ていると感じた。明治維新が1867年だから、それから140年である。それから日本の教育は世界で受け入れられるような人材を教育してきたのか。その人材が試される時は、以下に述べるように近いように思う。

動揺必至のアングロサクソン・モデル

昨年来、マーケットの変調が起きている。サブプライム・ローン問題に端を発したクレジット(信用)市場での民間企業債務と国債との信用力格差拡大を映じた利回り較差拡大による民間企業債務取引の規模縮小、金利観が市場参加者毎に区になることにより金利が安定しないことを反映した債券市場の乱高下、そして商品市場(原油、金、小麦、排出権取引など)への資金の大量流入による価格高騰が続いている。しかし、より根本的な問題はアングロサクソン的な世界観が揺さぶられているということだ。米国のヘッジファンドLTCMの破綻でデリバティブ理論の実践面での不完全性が判明、会計粉飾が発覚した米国大手エンロンの一件で業績が悪ければ企業のディスクロージャーは当てにならないことが発覚し、そして今回のサブプライム・ローン問題で格付のいい加減さが判明した。さらに米国で大手金融機関が価格下落したクレジット・デリバティブズを買い取るファンドを作るや寡占金融機関の弊害、さらにノーザン・ロックの取付けによりイングランド銀行から銀行監督権限を金融サービス機構(FSA)に移したこと自体の問題も露見した。

これによりソ連崩壊後の市場万能型アングロサクソン・モデルへの大きな疑問符がつき始めた。日本のメガバンクが大手3行に集約化され寡占体制になったことも、グループ内にあらゆる金融会社を取り込みリスク遮断がしにくくなったという意味では米国と同じであり、米銀批判同様にこの文脈で再度その姿勢を問われるだろう。結局、ソ連崩壊後、アングロサクソンの市場万能モデルの批判勢力がなくなった。批判のない権威は堕落するということではないか。米国のイノベーションとは何だったのか、市場万能主義に対する批判勢力がなくなり、自己検証しなくなったことが問題になっている。

日本の行方

動揺するアングロサクソン・モデルの対案を日本は出せるのだろうか。EUは出そうとしてくるだろう。しかし、フランスやドイツに出来るか、なんとも言えまい。アジアでそれが出来る国は日本しかないと自負してきたが、福田―小沢の大連立という政治手法とその後の小沢氏の民主党党首退陣を巡っての混乱に、予想されたこととは言え、安全保障と経済政策の軸のない政党政治とは何なのかと改めて思う。議会における公の議論による政治ではなく、根回し、待合によるボス政治が未だにあったのだ。議論の場で言葉を磨いてこなかったことが政治の貧困、議論の貧困、ひいては国語教育の貧困につながっている。その意味で、小泉前総理もスローガンは述べたが、細部にわたる論理的な説明は十分ではなかった。BBCで放映される英国の国会中継と、日本のそれとを聞き比べてみれば違いが分かると思う。

やはり幕末に日本に駐在した英国の外交官アーネスト・サトウは、「宴席に雇われた本職の芸人(芸者さんのことであろう)の奏する楽器や唄で陽気になり、2、3時間談笑した後、もう充分に酩酊したところで客は主人にお辞儀をして、飯を所望する。これでお話はよく了解したという合図だ」と「一外交官の見た明治維新」に書いている。金融や行政の近くにいて思うが、安倍さん辞任後の福田さん選任、小沢さんと福田さんの会談、小沢さんのけじめと留任と、公的部門は何も変わっていない。食品や建築、耐火の偽装を見れば、企業ですらそういう面がないとはいえない。対顧客説明はもちろんのこと取締役会や株主総会でまともな議論を聞いたことが少ない。裁判所の口頭弁論でさえそうだ。こんなのでどうやって裁判員制度が機能しようか。

さらにこの日本の現状のみならず、将来にも不安が残る。それは自分ら40代と会社の若い人や子供の世代を考えてみて、やはり何か違う感じがするからだ。何か堪え性というか、ちょっと無理して頑張るところが著しく失われた感じがしているし、事態を何とかしようという感じが非常にもの足りない。かといって泰然として大局観を持っているわけでもない。身の回りのことには結構よく気が付くのだが、大きな世界や日本の流れに鈍感じゃないのか、と思うことが多々あり、筆者は強い危機感を持つ。

(07年11月4日脱稿)

 
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Mr. City:金融界で活躍する経済スペシャリスト。各国ビジネスマンとの交流を通して、世界の今を読み解く。
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