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Sat, 07 December 2019

第171回 日本のTPPで考えること

日本の経済をどう維持するか

野田首相は、判断を1日延期した末、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉に参加する方針を11月11日に表明した。TPPとは、関税の原則撤廃や貿易手続きの軽減などを主な内容とし、これにより参加国間の貿易を活発化することを目指している。これまでの経緯を見ていると、実に色々なことを考えさせられる。

第一に、日本はどうやって国の経済を維持していくかについて迷いがある。国民の合意がない。政治的なリーダーもそれを語れていない。まず、日本の輸出品は、中小企業が手掛けるものと一部素材製品や自動車を除いて、国際競争力を段々と低下させつつあるという現状がある。韓国や中国との競争に遅れをとったパナソニックやシャープが液晶テレビ生産部門のリストラを発表したなどの事例にもみられるように、今、足元に火が点いているのは、電気機械、IT関係である。自動車業界も時間の問題であろう。モノづくりの基本は企業の現場にあり、輸出の不調を受けてこれら各業界の現場が海外移転をさらに進めれば、雇用のみならず、技術継承の面で競争力の低下を加速させかねない。実際、金融業にかけた英国は、不況脱出の道筋を見出せていない。モノづくりの放棄のツケとも言えるのではないか。日本がモノづくりを続けるとするならば、貿易に関する問題の検討は避けられない。

そもそも、原子力の利用に疑問符が付いた現在はなおのこと、それ以前からもエネルギーと食料を自給できない日本は、貿易なくして国は成り立たない。産業競争力が失われればギリシャやスペイン化が10数年後に来ることを考えると、自由貿易の動きに反対することは今の経済体制の下ではあり得ない。仮に自由貿易をしないなら、農業のみならず、先に挙げた電気や自動車などの産業も保護し、江戸時代のような自給自足に近い形で生活が成り立つ方法を考える必要がある。そうした生活様式を目指すのか否かの議論なく、野田首相のように、「競争力ある製造業と農業の両立」を唱えるというのは無責任だ。もし、競争力ある製造業によって賃金が高くなっている日本において、付加価値の高低にかかわらず農業を守るというのであれば、付加価値の低い農業への補助金が必要になる。その規模やモラル・ハザードの弊害を明らかにせずには、国民は政治選択できない。

農業改革ができないのはなぜ

第二に、1993年に終了した、関税および貿易に関する一般協定(GAT T)のウルグアイ・ラウンド以後に開始されたコメの輸入に対する見返りとして使った6兆円を持ってしても、一部の農家を除き、日本の農業の経営改善が図られていないという事実を直視すべきだ。農業自体は、種苗や耕作においては装置産業であることに加え、生物への深い理解が必要な科学産業でもあり、現にそれらの領域で深い洞察を持つ農家が成功している例も多い。だが、農業協同組合を始めとする関連産業に先の6兆円が流れて、農業改善のためには使われていないのではないかとの疑問がある。この点の検証なくして、補助金の増額を決めることも適切ではない。兼業農家中心の補助金政策についての議論なしにTPP問題の根本を論じることはできない。

ブロック経済化に賛成か

第三に、自由貿易賛成だとしても、TPPが唯一の道ではないということである。もともと、関税撤廃や貿易手続きの簡素化についての世界的な仕組みは、貿易が経済的には世界全体の利益になり、一部の国だけで行うとそれ以外の国に不経済が生じるので、世界全体を包括的に網羅して行おうという考えを基にしている。昔はGAT Tがあり、その後この組織は世界貿易機関(WTO)になっている。しかし近年、農業問題では各国の保護策の解消が難しく、そうした措置が可能な国からということで自由貿易協定(F TA)など2国間で結ぶ自由貿易協定が相次いで締結されている。こうなると、WTOで解決できない問題を、議論もせずTPPで解決できると考える方がおかしい。

とすると、TPPの意義は、対中国で自由貿易圏を作りそれを包囲しようとする米国の安全保障政策の一環との見方にも頷ける。日本にとっては最大の貿易相手国である中国が含まれておらず、米国との輸出入品の関税率は相互に既に低いので、TPPによる日本の対米輸出増加は期待できない。中国を排除して安全保障面で米国ブロックに留まるという選択肢なら、総選挙で信を問うほどの問題だ。日本政府の広がりのない限定的な説明だけを聞いていては真の論点が分からない。野田首相のリーダーシップの欠如と言わざるを得まい。

(2011年11月11日脱稿)

 
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Mr. City:金融界で活躍する経済スペシャリスト。各国ビジネスマンとの交流を通して、世界の今を読み解く。
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