第69回 イーストチープと聖マーガレット教会
シティの中心部から東に延びる通りイーストチープは中世の時代、主要な商業街でした。「チープ」とは古いゲルマン語で「商売する」という意味です。ここから西に延びる通りチープサイドとともにシティの東西の軸に延びる幹線道路が商業街というわけ。かつてイーストチープにはたくさんの肉屋が並んでいました。売り物にならない臓物をテムズに捨てるために下った坂道がプディング・レーン(臓物横丁)。甘いプリンとは意味が違います。
イーストチープの街並み
さて、イーストチープ35番地にあるゴシック調の建物は建築家、ロバート・ルイス・ルーミエの作品。1868年にビネガーの倉庫として建てられたものですが、特に建物の階上周辺にご注目。イノシシの頭の石像が埋め込まれており、さらにヘンリー4世とヘンリー5世の肖像も彫られています。実はこの場所、肉屋があったのではなく、シェイクスピアの作品で有名な「ボアーズ・ヘッド」という居酒屋があり、大変繁盛していました。
ビクトリア建築が目を引くイーストチープ 35番地の建物
この酒場で一日中飲んだくれていたのが、戯曲「ヘンリー4世」や「ヘンリー5世」に登場する陽気で肥満のフォルスタッフ。店の目印だったイノシシの頭の彫刻は現在、グローブ座のエキシビション館に展示されています。また、この隣にある雑居ビルはハロッズ・デパートの創業者、チャールズ・ハロッドが1849年に開いた4番目の食料雑貨店の場所。実は彼、最初に南ロンドン・サザークで生地屋を開きますがうまくいきません。
居酒屋ボアーズ・ヘッドの看板
居酒屋ボアーズ・ヘッドの意匠が残る
そこで食料雑貨の店に転業して東ロンドンを転々とします。そしてついにロンドン万博(1851年)での需要を見込んで開いたナイツブリッジの小さなお店が大成功の道に繋がりました。人生、苦労なしには成功の道は開けないものですね。近所の23番地の建物の壁には2匹のネズミがチーズを取り合っている彫刻があります(1862年創作)。これはチーズ・サンドイッチを取り合って建設現場から落ちて死んだ工事人をしのぶ意匠だそうです。
チーズを取り合うネズミの彫刻はロンドン最小(?)
この通りにあふれる様々な煩悩を天空まで突き刺してくれるのが、鋭い尖塔を持つ聖マーガレット・パテンズ教会。この教会は11世紀から存在し、1666年のロンドン大火で焼失、クリストファー・レンが再建しました。パテンズとは中世に流行したかかとの高い木製サンダルのことで、汚れた道を歩くにはかかとの高い履物が必要でした。その職人が周辺に住んでいたのがこの名の由来。シティでは煩悩が深い分、聖なる心を求めて尖塔が高くなるようです。
聖マーガレット教会の尖塔が天空を突き刺す