ロンドンで最も古く、約500年の歴史を持つ王立公園セント・ジェームズ・パークの歴史、 再発見!
セント・ジェームズ・パークからみたホース・ガーズ(2025年)
Parkの語源はラテン語Parricus(囲まれた土地)で、中世のフランスでは王室が占有する狩猟園を意味しました。また、Forestの語源はラテン語Forestis(慣習法の及ばない土地)で、これも王室所有の御猟林を意味しました。1066年に仏ノルマンディー公国に征服されたイングランドでは、先住民のゲルマン系民族が森林や畑の共有地から追い出されました。一方、ノルマンディーの王室がそこで狩猟を行い、利権の独占が続きました。長い時間をかけて狩猟園は徐々に一般開放され、現在のロイヤル・パークに変わります。
今回の特集では、ロンドンで最も古く、約500年の歴史を持つセント・ジェームズ・パークの変遷を追いながら、いかにして狩猟園が市民の公園に変わっていったのかを探ります。また、幾何学模様のフランス式庭園から、囲いのない無限に広がる自然の風景を演出する英国式風景庭園へと、どのように変わっていったのかを再発見してみたいと思います。
「セント・ジェームズ・パークから見る旧ホース・ガーズとバンケティング・ハウス」
(1749年 カナレット作)
それ以降、トランプは各国で独自に進化していきますが、19世紀の英国で製造されたものが世界各国に輸出され、それが現在のトランプの標準型になりました。トランプの何が変わり、そこにどんな背景があったのか。今回の特集ではトランプの小さな変化を追いながら、その隙間から見えてくる英国の歴史の断片を再発見してみたいと思います。

「シティを歩けば世界がみえる」を訴え、平日・銀行マン、週末・ガイドをしているうち、シティ・ドラゴンの模様がお腹に出来てしまった寅年7月生まれのトラ猫
Episode 1セント・ジェームズ・パークの始まり (1532年~17世紀初頭)
1530年にウエストミンスター寺院の北側にあるヨーク公館を接収し、以降改築してホワイトホール宮殿としたヘンリー8世は、32年にその北西部の土地を購入し、柵で囲んで狩猟園にしました。これがセント・ジェームズ・パークの始まりです。もともとその場所には女性ハンセン病患者のためのセント・ジェームズ病院がありましたが、病院の跡地に狩猟小屋を建て、後にセント・ジェームズ宮殿へと姿を変えました。残りの土地は鹿狩りの場にしようとしましたが、湿地帯だったため子鹿の育成所として利用しました。
1603年、スコットランド王ジェームズ6世はイングランドと同君連合を結び、英国のジェームズ1世として戴冠しロンドンにやって来ました。ジェームズ1世は着任早々、湿地帯だった狩猟園を干拓し、植栽や開墾を進めました。それはセント・ジェームズ宮殿近くの土地を宮廷人に高い賃料でリースする意図や、狩猟園内の農業生産を高める狙いがあったからです。
ジェームズ1世
中央にチャリング・クロス、左が狩猟園(1560年の地図)
セント・ジェームズ病院がセント・ジェームズ宮殿に転じた
湿地帯が干拓された
Episode 2資産価値向上に向けた時代(17世紀初~半ば)
ジェームズ1世は財政再建のため、狩猟園や御猟林の有効活用を検討していました。英国全国の御猟林から材木を切り出して販売し、湿原地を干拓して農業生産力を高め、開墾した土地の賃貸で収入を増やしました。こうした整備は、後の時代に高級住宅街へと変貌し、さらに18世紀には「牛乳売り場」として知られるようになる下地が築かれました。
また、国内の絹産業を奨励するため、狩猟園の北側に黒桑の木を1万本植えました。養蚕の試みは失敗しますが、桑の木はまだ数本生き残っています。さらに西端にはロザモンド池、南端にはワニやゾウ、ラクダや珍鳥を集めた動物展示場が設けられました。当時、この一角は宮廷のごく限られた人々が人目を避けて会話するための閉ざされた空間としても用いられました。それが現在のBirdcage Walkという通りになり、今もここに野鳥が多く生息するのはこの歴史的な流れによるものです。
牛乳販売所は20世紀初頭まで存在した
大きく育った黒桑(ブラック・マルベリー)
狩猟園の西端に作られたロザモンド池
現在も鳥たちの楽園
Episode 3フランス式庭園と美食家の時代 ① (1660~88年)
17世紀半ばの清教徒革命の間、フランスに亡命していたチャールズ2世は1660年の王政復古でロンドンに戻ると、戦乱で廃れた狩猟園をヴェルサイユ宮殿のようなフランス式庭園に改造しようとしました。同地で覚えた球技パレ・マレを楽しむために二つ競技場も作りました。それが現在のThe Mallと Pall Mall通りになります。さらに並木で囲まれた運河とダック島を作りました。
このダック島で育てた鴨を囮(decoy)に使って鴨猟をするようになりました。餌付けされた囮の鴨は、野鴨を網の張られたデコイ・パイプと呼ばれる狭い水路に誘導します。呼び寄せられた野鴨は水路の奥で一気に、ほとんど傷のつかない状態で捕まえられ、美食家チャールズ2世に鴨肉料理として献上されました。また、Birdcage Walkに美しい鳥が集められ、近くにイチジクや西洋カリンなどの果樹園も作られました。
中央に運河、左下にロザモンド池、右下に鴨場のあるセント・ジェームズ・パーク
パレ・マレ競技場(左)と現在のThe Mall(右)
獲物を追い込むデコイ・パイプ(網のある水路)
果樹園の名残、イチジクや西洋カリン
Episode 4フランス式庭園と美食家の時代 ②(1660~88年)
1662年、フランスからロンドンに迎えられた美食家で詩人のサン=テヴルモンはダック島の管理を任されました。シャンパーニュ産のワインに砂糖を加えて2次発酵させると発泡性ワインになることや、当時は珍味だったフォアグラの情報を王室に伝えたようです。当時の英国製ガラス瓶は石炭火力で作られて厚かったため、ワインが発泡性を帯びても割れませんでした。ドン・ペリニョン修道士がシャンパン製造に成功する20年も前の話です。
この狩猟園の北西側にチャールズ2世は氷室蔵を持っていました。夏にはパレ・マレの競技後に冷えた発泡性ワインと鴨レバーのパテを、冬には凍結した運河でアイス・スケート後の鴨のオレンジ煮を女性客と満喫したことでしょう。まさに近世の格言の通り、美食の神ケレスと酒の神バッカスがいなければ愛の神ヴィーナスは凍えてしまいます。
詩人サン=テヴルモン
赤い屋根の家の場所が現在のダック島
17世紀英国のワイン瓶は玉ねぎ型で厚い
美食、美酒、美女に囲まれたバッカスの姿はチャールズ2世のよう
Epsode 5英国式風景庭園の登場(18~19世紀)
1688年の名誉革命後、海外貿易が拡大し植物資源の輸入や研究が進むと、庭園に対する考え方が変わりました。それまでは線対称で幾何学模様とトピアリーに囲まれたフランス式庭園を理想としていましたが、クロード・ロランやニコラ・プッサンの描く絵画のような田園風景を再現し、人々は多種多様な植物が自然にあふれる英国式風景庭園に憧れるようになりました。
庭師ウィリアム・ケントやチャールズ・ブリッジマンと共にケンジントン宮殿の庭園とハイド・パークを風景庭園に改造すると大評判になりました。「It’s got potential」(=伸びしろがある)が口癖の庭師ランスロット・ケイパビリティー・ブラウンは、セント・ジェームズ宮殿の庭園を改修した際、狩猟園にあった直線的な運河を埋めて、曲線を描く人工湖を提案しました。でも予算がなく実現しませんでした。
ケイパビリティー・ブラウン氏とその傑作、ブレナム宮殿の庭
ロランの風景画の例
プッサンの風景画の例
ケイパビリティー・ブラウン氏の改造プラン(1770年)
幾何学的なフランス式庭園の例
Epsode 6高級不動産開発の時代(1811年~現在)
1760年から王室の不動産管理を任された政府傘下のクラウン・エステートは1811年に摂政に就任したジョージ4世に、ナポレオン戦争の戦費捻出のため不動産開発を提案します。それがリージェンツ・パークとセント・ジェームズ・パークを英国式風景庭園に改造し、その周辺を高級不動産地区に再開発する案でした。これが見事に大成功します。
この狩猟園はジョン・ナッシュやハンフリー&ジョージのレプトン父子の設計により、低木と花壇の遊歩道に囲まれた自然美あふれる英国式風景庭園に生まれ変わりました。1851年、王室不動産の管理が財務省森林局から公共事業局に移されると、一般市民も利用できるようになり、この狩猟園はロイヤル・パークとして開放されました。
限りなく自然を演出する英国式景観庭園
リージェンツ・パークからセント・ジェームズ・パークまでの周辺を含めて大開発された(緑の部分)
1833年のセント・ジェームズ・パーク周辺地図
リージェント・ストリート。真っ直ぐな人生はつまらない
「寅七ストレス・ボール」を15名様にプレゼント!
シティ公認ガイド寅七さんがロンドンの魅力を語る弊誌の人気コラム、「シティを歩けば世界がみえる」の連載が300回を迎えました。これを記念して本号には、番外編として特集「セント・ジェームズ・パークの歴史、再発見!」を掲載。さらに皆さまにお使いいただける、かわいい寅七のストレス・ボール(サイズ約6.5センチ)もご用意しました。今回このストレス・ボールを、15名の読者にプレゼントいたします。ご希望の方は応募フォームに、必要事項をご記入のうえ、送信ください。たくさんのご応募をお待ちしております。
締切:2025年10月23日(木)午後6時
当選者の発表は、賞品の発送をもって代えさせていただきます。
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