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5月に芝刈りはご法度?
「……という理由で、5月は庭の芝刈りはしないことにしたけどいいかな?」。夫の問い掛けに、子どもたちも私も「もちろん、オッケー!」と答え、娘は「庭にメドウ(草原)ができるなんてうれしい!」とはしゃいでいます。
これは、4月末のある日。わが家の夕飯時の会話です。
英国の新聞「ガーディアン」紙で「5月には芝刈りはしないで」という記事を読んだ夫が説明してくれたところによると「蜂や蝶などの昆虫が蜜を集める野生植物を育成するために、5月は芝刈りをしないでおきましょう(#No Mow May)」というキャンペーンが、ここ数年英国内で広がっているのだそうです。芝を刈らずにおくと、タンポポやデイジーなどの野生植物が育ち、そこにメドウが現れます。さらにはそれが昆虫の集まる場所となるのです。キャンペーンを主催する環境保護団体「プラントライフ」によれば、100平方メートルの芝生からは、蜂の巣箱6個分の花粉と、蜜蜂6匹が1日に必要とする蜜糖が生産されるとのこと。わが家の小さな庭も、それに少しでも貢献できるのなら、5月は喜んで芝刈りを休止しようというのが家族会議での合意でした。
それにしても、庭の芝刈りをしないことがニュースになるなんて、日本では考えられませんよね。もちろん、日本にも庭に芝生のあるご家庭はありますが、少なくとも私の友人や知り合いで、自分で芝刈りをしている人はいませんでした。
ところが、英国に渡ってきた私は、ロンドンに住むようになって最初の週末に、当時の下宿先の大家さんが芝刈りをしているのを見たのです。ダイニング・テーブルの前にある椅子に座って、マグに入ったミルク・ティーを飲みながら薄っぺらいトーストをかじっていたときでした。大家さんが庭の隅にあるシェドと呼ばれる小さな物置小屋から、掃除機のような形の芝刈り機を出して、慣れた様子で芝生を刈り始めました。まさにちょうど5月のことでした。そして、芝を刈り終えた大家さんから、英国の住宅では、庭に芝生があるのは一般的で、春から秋にかけては大抵の人が少なくとも2週間に1回くらいの割合で芝刈りをするというのを教えてもらいました。
鎌を使った人力での芝刈りに頼っていた時代は、芝が一面に広がる庭は、人を雇う余裕のある非常に裕福な人たちのステータス・シンボルでした。時を経て、20世紀前半ごろには郊外の庭付き住宅に住む人々が増え、庭の芝生をストライプ状に美しく保つことが英国民の間でブームになったといいます。そして、人々が環境問題に関心を向け始めた21世紀、英国での芝刈りの歴史に、さらなる変化が訪れているようです。