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コツコツコツ。「タッチウッド」。
コツコツコツ。「タッチウッド」。
渡英して初めて通った語学学校の先生だったトムが、私たち生徒と一緒にパブで飲んでいる途中、軽く握った拳でテーブルをノックするようにたたきました。そのときは、どうしてそんなことをするのか意味が分かりませんでした。そして数週間後、ホームステイ先の大家さんが仕事の話をしていたとき、突然、パイン材でできたダイニング・テーブルを手のひらでぽんぽんと触って「タッチウッド」と言いました。そこで私は思わず、「どうしてテーブルをたたいているの?」と、パブでの経験を思い出し、尋ねてみました。「あ、これ? 日本では『タッチウッド』はしないの?」と大家さん。大家さんによれば、これは英国で古くからあるおまじないのようなものだといいます。そして、悪運を追い払うために、木あるいは木製のものをたたいたり、触ったりするのだと教えてくれました。また逆に、今ラッキーなことが起こっている場合に、それが長続きするようにと願う場合にも、この動作をするのだと教えてくれました。
あとで調べたところ、この迷信の由来には諸説あるようでした。木に宿る精霊を信じる民間信仰が元となって、木をたたくことで精霊の気をそらし、幸運が不幸に変わるのを防ぐという説。また、逆に木に宿る精霊を呼び寄せて守ってもらうための方法という説もあります。それ以外にも、キリストが磔刑になった木の十字架に関係するともいわれますが、周りの英国人に聞いても、確実ないわれを知っている人はいませんでした。
一方で、この由来を聞いてまわるなかで教えてもらったのが、「タッチウッド」をするとき、木の代わりに頭を叩く人がいるということでした。これは、英国では「あまり賢くない人は頭が木でできている」ということから来ているのだそうで、つまり、自分の頭が木でできていると示すジョークというわけです。こんなところにも、自虐的(自虐好き?)なユーモアを加えるセンスは、英国人ならでは、という気がします。
ちなみに英国には、ほかにも日常的に見聞きする迷信がいくつかあります。なかでも夫と暮らし始めてすぐのころ、濡れた傘を広げてバスルームに干しておいたのを見つけたときの夫の驚きと慌てようは、今でも忘れられません。というのも英国では傘を屋内で広げると不幸がやってくると信じられているのです。「家の中で傘を広げてはダメ!」普段穏やかな夫の強い口調に、慌てて傘を畳んだのを今でもよく覚えています。
とはいえ、今では濡れた傘は率先して自分で開いてガレージに干すようになった夫。日本人妻によって、これまで信じて来た迷信の呪文から解かれたのかどうか、真相は謎です。