70
英国における洗濯物語
長かった冬が終わり、ようやく庭で洗濯物を干すことができるようになってきた最近では、毎日、洗濯物から香る日なたの匂いに、英国の本格的な春を感じます。20年前のちょうどこの時期に英国に初めてやってきた私。当時は英国と日本との洗濯事情の違いに一つ一つ驚いていたことを思い出しました。
渡英当初は、日本から予約してきた語学学校が紹介してくれた家に下宿していました。最初の日に家の中を案内してもらったときには気付かなかったのですが、英国で初めて洗濯をした日、ランドレディーが洗濯機を指さした場所はキッチンでした。日本ではお風呂場近くというのが洗濯機の定位置と思い込んでいたので、料理をする台所に洗濯機があるのは意外でした。英国の洗濯機のほとんどが横型のドラム式洗濯機で、高さは日本の洗濯機に比べると半分くらい。ちょうどキッチン・カウンターの下に収まるようになっています。
また、その下宿先ではガレージの中に乾燥機が設置されていて、「洗濯した後は、ドライヤーに入れて乾かしていいわよ」と言われ、しばらくはそれを使っていました。そして、英国生活にも少し慣れたころ、お天気の良い週末の朝、洗濯をしました。せっかくなら洗濯物を屋外に干したいと思い、物干し竿がどこにあるのか探していた私に「洗濯物はあそこに干してね」とランドレディーの声。言われて庭先に目をやると、まるで骨だけになった傘をひっくり返したような形のものが庭の端っこに立っていました。
「どうしてこんな形をしているの?」尋ねる私に「さぁ、狭い庭でもコンパクトに使えるからかしら?」と、ランドレディーは興味なさそうに答えました。とはいえ、塀越しに見える両隣の庭にも似た形のものがあり、生活用品を売る量販店にもこれがいくつもディスプレイされているところからすると、英国ではかなり一般的なものだというのはすぐに分かりました。「1本のロープを長く張った方が、効率よく洗濯物が乾くのではないのかしら?」と当時は思ったものの、自分が家庭を持ってからも、結局この洗濯物干し(Washing Line)を使い続けている私です。
今回、改めて調べてみると、傘の部分が回転する(そのため風を受けて洗濯物が早く乾くという設計)このロータリー・ウォッシング・ラインは、1860年代にオーストラリアですでに使われていたものだそうです。それがのちに米国や欧州にも伝わったようなので、英国独自のものというわけではないよう。とはいえ、私にとっては英国の洗濯干しといえばこれ! 見掛けるたびに、強風でひっくり返った傘を必死に抑える自分の姿を思い浮かべては、つい笑ってしまう私です。