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教会は多目的空間
「今日は暖房が効いていなくて寒すぎるから、道着には着替えなくていいよ」。昨年から習っている合気道の道場で、師匠がそう言いました。その日は気温2℃。私たちの道場は教会に併設されたホール内にあります。そしてそのホールは古すぎて暖房がうまく機能していないのでした。そのためその日はあまりにも寒くて、風通しの良すぎる(?)道着にはだしではあまりにも体が冷えるため、特別に普段着での稽古が許されたというわけです。それにしても、「教会で合気道をするの?」と、英国に暮らす前の私だったら、きっと不思議に思っていたに違いありません。でも、私がこの道場に初めて稽古を見学に来たときは、特に驚きませんでした。というのも、以前も別の教会で、上階にあるホールでピラティスを習っていたことがあるからです。
それだけではありません。わが家の双子が赤ちゃんだったころ、歩いて20分くらいのところにある教会で週に1回開催されていた「プレイグループ」と呼ばれる、子どもを1時間ほど遊ばせることのできる集まりがありました。当時は車の運転もできず、双子を乗せた大きなベビーカーでの移動が大変すぎて外出もままならずに孤独な日々だったのですが、それでもその会にはなるべく出掛けて、ほんの少しでもほかの人と話す時間を得ることができたことは今でも感謝しています。また、その教会のホールを借りて、子どもたちの誕生日パーティーを開いたこともありました。私が以前ボランティアをしていた高齢者の方のためのコミュニティー・カフェもやはり教会の多目的ホールを使って開催されていました。選挙のときには、教会が投票所になっている地域もよく見かけます。
このように、英国では教会は信者の人が礼拝に出掛けるだけでなく、地域のコミュニティーでのさまざまな活動に利用できる場所となっているところが少なくありません。
2019年のデータによれば、英国では国内に3万9000軒あるパブの数よりも多い4万カ所以上の教会の建物があるといいます。それだけ多くの教会がコミュニティーのハブとしての役割を担っているのです。ただ一方で、最近では売りに出されている教会も少なくありません。実は私たちの道場のある教会も現在「セール中」の看板が掲げられています。古くて趣のある建物のことが多い教会は、内装をモダンにして住居やAirbnbにするのに人気のようです。とはいえ、教会を自宅に改装した知人の家に行ったときには、その素晴らしさに驚くと同時に、奥さんが「かかった年月と夫婦げんかのストレスを思い出すと、もう二度と経験したくない」と言っていたのが印象に残っています。教会を買って家にするのには、相当な覚悟が必要なのでしょう。