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野戦病院のような医療現場
新型コロナ感染の新規感染率や死亡率が大幅に減り、少しずつ街に人が戻ってきました。青空と暖かい春の日差しの下にいると、まるでコロナ前の日々に戻ったかのような錯覚を起こします。野戦病院のようなあの日々がたった2、3カ月前のことだったと、誰が信じられるでしょうか。
1年前の今ごろにあたる1次ピーク時の医療現場は、この冬に起きた2次ピークと比較して、今思えば恵まれていました。前回の1577号でも述べましたが、このときは国から直接「コロナ医療サポート体制」の指示が出され、人員配置と空病床の確保には比較的余裕があり、精神的なプレッシャーはむしろコロナ前よりもかなり楽だと感じていました。
ところが2次ピーク時になって、スタッフ数と病床確保という「NHS万年の課題」が直撃しました。A&E(救急外来)は患者であふれ、救急搬送されてきた新規患者をA&E内に移すスペースが全くなく、救急車のなかで患者を乗せたまま病院の敷地内で待機する光景が英国中の多くのNHS病院で見られました。実はこういった状況はNHS病院では珍しいことではなく、インフルエンザがはやる冬場では毎年のように起きていましたが、今回は列を成す救急車の台数が圧倒的に違いました。そのために救急要請に応えるはずの救急車が出動できません。一刻も早くA&Eから患者を病棟に移すために、空きがなければほかの病棟などを一つ、また一つ潰してコロナ病棟に変えていきましたが、それでもピーク時には空床がなくなりました。
病院には病床を管理する部署があり、どの病棟に何床空きがあるかを現在進行形で常に把握し、入院患者を効率的に配置していきます。私の勤務先はオンラインでこれを管理しています。病棟で患者が亡くなった瞬間に病床管理部から「大至急、次の患者の入院準備して!」と連絡が入ります。でもご遺体ケア*、事務作業、ポーター**を呼んでのご遺体の搬送、感染部屋の消毒など、最低限の時間はかかります。病床管理部は全員が病棟経験のある看護師で、現場を熟知しているはずですが「ベッドの準備はまだ!?」と5分ごとに電話をかけてくる現実に「誰もがギリギリの状態なのだ、これがパンデミックなのだ」と何とも言えない気持ちになりました。またスタッフの確保も2次ピーク時は苦労をしました。不急部門の全面閉鎖はなく縮小のみで、コロナ病棟に回せるスタッフも1次ピーク時のように潤沢ではありませんでした。感染入院者は増加する一方なので、人員配置に苦労をして、この時期に有給休暇を取得していた人たちが予定を変更させられることもありました。いつまでこの状況が続くのだろう? 出口の見えないトンネルをひたすら走らされている気分でした。
そんなときに希望の光となったのがワクチン接種と入院患者の減少です。トンネルの先が見え、鬱々とした気持ちが軽くなりました。と言っても、とても手放しで喜ぶ状態にはありません。とりわけ相次ぐ延期で待機手術を待つ患者数が膨大に増えて、私の勤務先ではこの問題を解消するために手術時間の拡大案が提案され、試行錯誤の繰り返しで誰もが手探り状態です。新型コロナの終焉が見え始めても、私たち医療従事者にはまだまだ長い「復帰」への道が待っています。
*亡くなった患者さんを清拭すること。新型コロナ患者の場合には遺体袋にお包みする
**ベッドや車いすの患者が病棟間を異動するときに搬送をする職業に従事する人