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A&Eの過酷なノルマ
皆さんは英国の救急外来、Accident&Emergency(A&E)での診察経験はありますか。「待たされる」「人でごった返している」など、良いイメージを持たない方も多いかと思いますが、この冬はオミクロン株も加わり受診患者の増加がさらに予想されます。そこで今回はA&Eについて書いてみます。
A&Eの「The 4-hour target」(4時間ノルマ)を聞いたことがありますか。これは「診察、検査、治療などを終え、4時間以内に帰宅させるか退院させて患者をA&Eから出す」ノルマです。4時間をオーバーすれば患者1人当たり120ポンドの罰金を国から徴収される非常に厳しいものですが、ノルマ未達成で罰金額が膨らみ、財政負担となる事態が各地の病院で続出。2016年に罰金制度は廃止されました。現在はルールが多少緩和されましたが、それでも4時間ルールは継続され達成率は公表されます。10年前の私の学生時代は罰金制度の真っ最中で、診察経過3時間が過ぎるとA&E内で怒号が飛んだものでした。
4時間もあれば余裕かと思われるかもしれませんが、患者の来院数が急増すれば非常に難しくなります。特に冬場のインフルエンザや昨年のコロナ感染患者のピーク時など、待合室は満杯、廊下には患者を乗せたストレッチャーがあふれました。病院の敷地内で患者を乗せたまま待機する救急車が何台も列を作る状況になると、4時間ではとても足りません。
ではなぜそこまで時間がかかるのでしょうか。患者がA&E受付でチェックインをした時点でタイムカウントが始まり、次に患者をトリアージして緊急状態を把握します。現在は患者緊急度を「即座、大至急、至急、標準、緊急性なし」の5段階に分けて診察順位を決めます。救急搬送されてきた患者の中には身元が分からない、英語を理解しない、薬物やアルコール摂取など酩酊状態でまともに会話ができないなどで、始めから遅れることはよくあります。外傷搬送の理由が精神疾患による自傷行為だと、外科医に加えて深夜でもオンコール*の精神科医を呼び出し、診察が必要です。またA&Eで「入院が必要」と判断されても、病棟に空きベッドがない場合、院内中の空きベッドに専門科を無視して患者を搬送します。一般内科、整形外科、消化器内科など異なる分野の患者が専門外の泌尿器外科病棟に入院、などという例はNHS病院では日常茶飯事です。診察は優先順位に基づくため、先着順ではありません。緊急性がなければ診察の順番は後回しになりますが、状況を理解していない患者からスタッフが暴言や暴行を受けることはよくあります。先日もA&Eで仕事をした際、目の前にいた研修医が怒った患者からコップの水をかけられ、何とも言えない気持ちになりました。
コロナ以前から、本来はA&EではなくGP等で治療を受けるべき「緊急性なし」カテゴリーの患者の増加が特に指摘されて、A&Eを圧迫する原因の一つともいわれています。最近は「A&Eの予約システム」が導入されている地域も多く、111に電話をすると適切なアドバイスに加えA&Eの予約もしてくれます。軽症であれば地域のWalk-in centreの利用もあります。これらのサービスをうまく利用して、利用者側も病院側もできれば長い待ち時間を避けたいものです。
*自宅待機だが、呼び出しに応じてすぐに出勤できる状態の勤務形態