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Tue, 26 November 2024

医療、鉄道、教育……ストライキに揺れる英国

4月半ば、NHSイングランドのジュニア・ドクターによるストライキが4日間にわたって実施された。これによって手術を含む35万件の予約がキャンセルされたという。それでも英国民の多くはこうした一部のストライキの実施に対し支持を惜しまない。今回の特集では、2022年の夏から続くさまざまな業種によるストライキの実態や、いつ果てるとも知れない国や会社経営者vs労働組合の争いについて紹介する。(文:英国ニュースダイジェスト編集部)

参考: www.parliament.ukwww.ons.gov.ukwww.rcn.org.ukwww.gov.ukwww.nikkei.comwww.theguardian.comwww.bbc.comwww.y-history.nethttp://kokkororen.com ほか

2023年2月1日、賃上げと労働環境の改善を求めて、4万人がロンドンの街で抗議デモを行った2023年2月1日、賃上げと労働環境の改善を求めて、4万人がロンドンの街で抗議デモを行った

ストライキの仕組み

労働組合がストライキを実施するまでの流れや手続きは下記の通り。通常、団体交渉が決裂し、協議が難航した時点でストライキの検討が行われる。ただし「政治スト」「支援スト」や、労働組合ではなく個人で行うスト、事前告知のないストには、刑事や民事免責の保護がつかない。さらにストには、労働組合員全員が参加する全面ストのほか、一部の労働組合員のみが参加する部分スト、期間を定めない無期限ストや、一定期間だけ行う時限ストなど、さまざまな形態がある。

① ストライキ実施可否を協議

組合員もしくは組合員によって選ばれた代表委員による無記名投票。過半数(鉄道や医療といった公益事業の場合は40パーセント)を超える賛成が必要。

② 予告通知

ストライキを行う際には、少なくとも7日前に雇用主に伝える。予告通知なしにストライキを行うと、責任者は処罰の対象となる。また、2022年7月21日以降、雇用主は、ストライキの期間中に人材派遣会社から臨時の熟練労働者を雇うことが可能になった。

③ ストライキ実施

ストライキ中は、組合員にその期間中の給与や年金権利は発生しない。ただし死亡保険や私的医療保険などは継続。また、最初の12週間は解雇などの不利益な処置は受けない。ただし、それ以降は解雇の保護はなくなる。ストライキに参加しなくとも労働組合から処分されることはない。

ストライキにまつわる5つの疑問

英国では現在さまざまな分野でストが起きている。公共交通機関や郵便局のストが相次ぎ、学校も教職員のストによる閉鎖が多発。昨年は法廷弁護士のストのために裁判所の業務も滞っていたほか、医療従事者や公務員による労使協議は今も続いている。私たち利用者にも大きな影響を与える、英国のストライキにまつわる今さら聞けない事実を紹介しよう。

① なぜストは終わらないのか

現在英国の物価は年率11パーセントで上昇しており、これは過去40年で最速のペースだといわれている。賃金上昇分より物価が上がっているため家計が圧迫され、あらゆる業界で労働条件や、賃金と年金をめぐるストライキが起きている。労働組合が会社側との交渉で、順当だと思える給与水準が確保できない場合や、会社側と妥結できない場合はストライキが発生するが、新型コロナウイルスのパンデミックが始まって以来、ストライキは増え続け、1980年代以降最大規模といわれるストが立て続けに起きている状況だ。

公務員が加入する公共商業サービス組合(PCS)は、まだ引き下がるつもりはないとして、4月28日に13万3000人が参加する大規模なストライキ計画を発表している。業種によるものの、労働組合側が10~19パーセントの賃上げを要求しているのに対し、民間企業では前年同期比で6.9パーセント増、公共に至っては2.7~5パーセント増の賃上げに留まっているのが現状で、労使交渉は難航している。

教員や公務員も2023年2月1日のWalkout Wednesday(抗議の水曜日)と呼ばれるデモに参加。この日はあらゆる業種の50万人が一斉にストライキを実施した教員や公務員も2023年2月1日のWalkout Wednesday(抗議の水曜日)と呼ばれるデモに参加。この日はあらゆる業種の50万人が一斉にストライキを実施した

② ストは国民から支持されているのか

看護師やジュニア・ドクターのストによって患者たちは診療や手術の延期を余儀なくされた。ただ、人手不足による激務の中で、医療に従事してくれているスタッフの昇給と待遇改善を求めるストには国民の支持も多く、2023年1月の「ガーディアン」紙によれば、57パーセントの国民が看護師のストをサポートすると答えている。次に多いのが救急隊員のストで52パーセント、教師のストには40パーセント、鉄道労働者のストでは38パーセントが支持するとしている。鉄道労働者のストに理解が少ないことについては、あまりに度重なる交通機関のストライキに国民が疲弊していること、7パーセントの賃上げ要求が「贅沢」なのではと思われている可能性が高いことなどが挙げられる。

しかし、鉄道海事運輸労働組合(RMT)の調査によると、鉄道会社はコロナ禍にあった2020年3月~22年9月の間、公費投入で3億1000ポンド(約500億円)の利益をあげたという。RMTのミック・リンチ書記長は、それだけの利益があれば、10.6パーセントの賃上げが可能だったにもかかわらず、列車運行会社協会(Rail Delivery Group)は労使交渉を拒んでおり、賃上げ案は4パーセントしか提示していない。それどころかコスト・カットのためにワンマン運行を導入するなど、労働条件も悪化させているのだと述べており、賃上げの数字だけでは分からない、さまざまな要因が絡んでいるのが現状だ。

国民のストライキ支持率(参考: ガーディアン紙 2023年1月11~13日)

看護師

看護師

救急隊員

救急隊員

小学校教員

小学校教員

鉄道労働者

鉄道労働者

支持
不支持
不明

③ ストで賃金はアップするのか

イングランド銀行(中央銀行)は、労働者が大幅な賃金アップを獲得すれば、雇う側は利用者や消費者に対して値上げをせざるを得なくなる可能性を示唆する。それがインフレ率を引き上げるため、労働者はさらに賃上げを求め、結果として賃金と物価の上昇スパイラルが生じるというのだ。

一方で、労働組合の中央組織である労働組合会議(TUC)は、労働者の平均給与は2008年よりも少ないと主張。労働者の収入がこれほど長期間増加しないのは、過去200年で初めてだという。ただ、ストライキによって10パーセント以上の賃金アップに成功した業種もある。2022年に起こしたストで昇給を獲得した主な事業は下記の通り。

  • 6月からストライキを行っていたイングランドとウェールズの法廷弁護士は、10月に15パーセントの昇給で妥結。
  • ロンドン北部のバス運転手2000人が、11パーセントの昇給を獲得。
  • 英東部ケントのバス運転手480人が、6日間にわたるストを決行し約14パーセントの昇給。
  • 7月に航空会社ブリティッシュ・エアウェイズ(BA)のヒースロー空港スタッフが、スト入りを予告し、13パーセントの昇給を獲得。
  • 通信大手ブリティッシュ・テレコム(BT)で一部の従業員がストを決行。11月に16パーセントの昇給で妥結。

④ 最近実施された主なストライキは

  • 2022年12月には、国民医療制度(NHS)の看護師10万人が106年の歴史のなかで初となる全国規模のストを実施。長時間労働と過重労働という悪質な労働条件が続いており、国に対して19パーセントの賃上げを求めた。

    賃上げを求めてユニバーシティ・カレッジ・ロンドン・ホスピタルの前で抗議するNHSスタッフ賃上げを求めてユニバーシティ・カレッジ・ロンドン・ホスピタルの前で抗議するNHSスタッフ

  • 年末のクリスマス休暇中には、8日間に渡ってロンドンのヒースロー空港をはじめとする主要空港で、入国審査を行う職員がストを実施した。
  • 教員組合は2月と3月の7日間にわたってストライキを実施することを発表し、2月1日にはイングランドとウェールズで働く公立学校の教員が最初のストを実施。当日は国内五つの主要労働組合の呼びかけで、あらゆる業種の労働者50万人が一斉にストライキを実施した日でもある。これは2011年に200万人が保守連立内閣の年金削減政策に対する抗議ストライキを実施して以来、最大規模のストライキとなった。また、反ストライキ法案に反対する市民も交えた抗議デモも併せて開催された。
  • イングランド全土では、4月11日から4日間にわたり、ジュニア・ドクターのストが実施された。

⑤ 反ストライキ法案とは

リシ・スナク首相の率いる保守党政府は、交通機関、医療、消防、教育、国境警備などの公共部門のストライキを制限する「反ストライキ法案」(Anti Strike Bill)を議会に提出し、現在上院で審議が進行中だ。この法案は「最低サービス水準法案」(The Minimum Service Level)とも呼ばれる。労働・年金省は、ストライキ中に一般市民が危険にさらされないようにするため、最低限のサービス・レベルのセーフティー・ ネットを導入するのが狙いだと主張している。しかし、ストライキの権利を奪うものだとして労働組合だけではなく国民からも批判の声が上がっている。主な内容は下記の通り。

ほかの欧州の国とは異なり、英国では、「ストライキ権」のような確固たる権利が法律で明記されていない。その代わり「ストライキによって会社に損害が生じても、労働組合も組合員も損害賠償責任は負う必要はない」という法的保護を受けている。新法案ではこれらの保護がとり除かれるため、その結果、反ストライキ法案に従わない労働組合は、雇用主から損害賠償を請求されるようになり、従わない個々の組合員は解雇される可能性もある。現代の英国では、1980年代のサッチャー政権が制定した労働組合法、2016年の労働組合法(TUA)と過去に2度、労働組合の権利を削減する法律が制定されている。もしも今回の反ストライキ法案が成立した場合、労働者にとっては人権問題に関わる大変厳しい処置になるといえる。

    審議中の反ストライキ法案の主な内容
  • ストライキ中も、交通機関や医療機関、学校などの公共機関は最低限のサービス水準を確保しなければならない。水準に満たない場合、労働組合は損害賠償に対する法的保護を失う。
  • 雇用者は、ストライキ中に適切なサービス水準を満たすために必要な労働力を維持し、労働組合はストライキ中も適切な人数の労働者を確保する措置を講じなければならない。
  • 働くことを求められたにもかかわらずストライキを継続する組合員は、不当解雇に対する保護を失う。

労働組合の過去・現在・未来

ストライキを組織し実行するのが労働組合(Trade Union)の組合員。雇用条件の維持や改善を目的とする労働者の連帯組織で、福利厚生や労働条件、安全基準の改善、従業員の地位を管理する規則の策定、そして労働者の交渉力の保護と向上などに尽力する。現在、英国の全労働者(雇用者)に対する組合員の割合は、2020年に23.7パーセント、21年は23.1パーセントと低下しており、1995年以来史上最低の組合加入率を記録している。働き方が多様化するなか、労働組合は時代遅れなのだろうか。簡単にその歴史を振り返ってみよう。

英国で誕生した労働組合

労働組合の始まりは18世紀後半までさかのぼる。産業革命によって工業が発展したため、女性や子ども、農民、移民などが都市の労働市場に参加するようになり、労働者という新しい階級を生み出した。つまり、労働組合は産業革命に伴い生まれた「雇用」という労働の新形態とともに現れたといえる。中世にもギルドや友愛組織は存在したが、14世紀半ばまでにイングランド王により非合法化され、「労働条件を維持または改善するために連帯する」という考え方だけが何世紀にもわたって脈々と存続していた。

1811年、工場の機械化が進み熟練労働者が職を失い、一方で不熟練の労働者が酷使され長時間労働を強いられるなど、労働環境は悪化。耐えかねた労働者たちが、機械や工場建築物を破壊する「ラダイト運動」が起きる。政府はこのような行動に対して最高刑を死刑とする法律を制定したものの、1811~17年の長期にわたって打ち壊しは続き、これにより工場や機械破損の被害や、多数の死傷者や逮捕者が出る結果となった。そんななか、英北部マンチェスターで1818年に一般貿易組合(General Union of Trades)が設立。さまざまな職業の労働者を集めた最初の近代的な労働組織といわれており、労働組合が違法だった時代、組織の本来の目的を隠すためにフィランソロピー協会(Philanthropic Society)という慈善団体名を名乗った。

やがて社会改革家ロバート・オーウェン(Robert Owen)などによる社会主義の思想が社会に浸透し、労働者を法的に保護して、労働組合を公認する動きが始まった。1820年代の自由主義的改革のなか、1824年に労働者団結法によって労働組合の結成が公認された。

全く新しいタイプの労働組合

2000年代に入り、パートや契約社員に加えギグ・ワーカー、フリーランスなど、働き方や働く人のニーズも多様化。非正規労働者が急増するなか、労働組合は既得の権利を固持し、雇用と賃金を守るだけの時代遅れの存在だとマスコミ批判を受けることも多くなった。現に組合加入率も年々下がっている。

しかし、コロナ禍やウクライナ紛争の影響を受けた昨今のインフレや生活費の上昇により、労働組合の存在意義が再認識され、これまでとは異なる、時代に合わせた労働組合も生まれ始めている。これは米国をはじめ多くの先進国で起きている現象で、英国ではスタートアップ企業が立ち上げたオンラインの労働組合「オーガナイズ」(Organise)が勢力を伸ばしている。2019年末に8万人足らずだった組合員はコロナ禍で130万人に増加。人数では英最大の組合Unisonを超える。従来の賃金や雇用問題に限らず、さまざまなハラスメント、LGBTQ+など個別化する職場の問題にも対応する。働く人々の権利を守るため、これからも新しいタイプの組合が生まれていきそうだ。

デリバルーのドライバーはフリーランス・ワーカー。こうした非正規労働者のための新しい組合が生まれているデリバルーのドライバーはフリーランス・ワーカー。こうした非正規労働者のための新しい組合が生まれている

英国の主な労働組合

● RMT (The National Union of Rail, Maritime and Transport Workers)

公共交通機関の、特に保守作業を担う労働者が多く所属する。組合員数は約8万人。規模は小さいが、鉄道ストライキを実施するなどして大きな影響力を持つ組合の一つ。
www.rmt.org.uk

● Unison

英国で最大規模で知られる労働組合。特に地方自治体や教育、医療などの公的機関に勤める職員たちが多く参加している。組合員数は約123万人。
www.unison.org.uk

● NEU (The National Education Union)

約51万人の組合員数を誇る、欧州で最大の教職員組合。学校教師、補助教員から高等教育講師まで、あらゆる教育関係者が参加。2017年にNational Union of Teachers(NUT)とAssociation of Teachers and Lecturersが合併して設立された。
https://neu.org.uk

● PCS (Public and Commercial Services Union)

公務員を支持母体に持つ労働組合としては、英国最大。歳入関税庁、労働・年金省など分野ごとにさらに小さなグループが形成されている。組合員数は約20万人。
www.pcs.org.uk

● Unite

単体としてはUnisonに次ぐ規模の労働組合。建設、製造、交通、物流など対象業種は多岐にわたり、所属する組合員数は120万人以上。
www.unitetheunion.org

● TUC (Trades Union Congress)

総計550万人の労働者を擁する48団体が名を連ねる、英国における労働組合の全国中央組織。UniteとUnisonの組合員がその半数を占める。
www.cwu.org

● CWU (Communication Workers Union)

大手電気通信会社BTなどのテレコミュニケーション関連企業に加えて、ロイヤル・メールで働く労働者が多く参加している組合。組合員数は約20万人。
www.tuc.org.uk

● NASUWT (National Association of Schoolmasters/Union of Women Teachers)

もともとはNUT内のグループの一つとして誕生した校務総括者の労組、National Association of Schoolmastersが方針の相違を理由に1922年に独立。1976年に女性教員の労組Union of Women Teachersと合併してできた労働組合。組合員数は約30万人。
www.nasuwt.org.uk

● GMB (General, Municipal, Boilermakers' and Allied Trade Union)

さまざまな分野における労働者が参加する労働組合。とりわけNHSや救急隊員など公的機関で働く肉体労働者たちが多く参加する。組合員数は60万人以上。
www.gmb.org.uk

 

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