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Fri, 29 March 2024

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

地域の経済格差是正化に向けた白書発表 - 分権化推進、教育、交通、住宅への投資など12項目

英国は地域格差が非常に大きな国の一つです。財政研究所(IFS)の2020年の調査によると、地域ごとの世帯当たりの国内総生産(GDP)をほかの先進国26カ国と比較すると、英国の地域格差が最も顕著となりました。

長年、ロンドンを筆頭とするイングランド南部に新規雇用や投資、富の集積が集中しがちでした。ロンドンと近辺の南東部は、読み書き能力、平均余命がほかの地域よりも高く、失業率や疾病率はより低いという結果が出たそうです(「エコノミスト」誌2月5付記事)。

経済格差は政治問題でもあります。イングランドに注目すると、北部は収入、雇用率、生活水準などが南部より低い傾向があります。政治的には、これまで南部は現在の与党である保守党、北部は最大野党・労働党の牙城でした。でも2019年12月の総選挙で、保守党党首のボリス・ジョンソン首相が「英国の全ての地域をレベリング・アップする」と約束し、保守党は北部の選挙区の議席を次々と獲得しました。

これまでにもジョンソン政権による格差是正のための投資は行われてきたのですが、レベリング・アップの構想が明確に示されていないという不満の声が上がっていました。これに応えるように、2月2日、レベリング・アップ・住宅・コミュニティー相のマイケル・ゴーブ氏が格差是正のための白書を発表しました。300ページ以上に上る白書はイングランド地方の分権化をさらに進め、貧困地域への投資を増やすなど12項目の目標を掲げています。政府省庁の施策もこれに沿って進んでいくことになります。12の目標はいずれも2030年までの達成を目指しています。概要は、①賃金、雇用、生産性をどの地域でも上昇させる、②イングランド南東部以外で公共の研究開発を少なくとも40パーセント以上拡大させる、③地域の公共交通機関をロンドンの水準に大幅に近付ける、④全国的にギガビット級のブロードバンドと第4世代の移動通信が利用でき、第5世代も大部分の地域で利用できる、⑤読み書きと算数における目標水準を達成する小学生を大幅に増加させる、⑥高度のスキル習得者を大幅に増やす、⑦健康寿命の地域格差を縮小する、⑧人々の生活満足感を改善する、⑨地域に対する誇りを高める、⑩住宅購入者を増大させる、⑪地域社会を脅かす殺人ほか深刻な暴力行為、迷惑行為を減少させる、⑫イングランドで、希望すればロンドンやマンチェスターように市長を公選で選出し、高度の分権化を実施できる、です。

レベリング・アップを実現するための六つの要因としては、インフラ、機械、住宅などの「物理的資本」、人的スキル、ヘルス、職経験などの「ヒューマン資本」、イノベーション、アイデア、特許などの「無形資本」、企業の資金繰りを支援するリソースを意味する「金融資本」、コミュニティー、人と人との関係、信頼感の「社会資本」、地域の指導者、能力などの「組織資本」が挙げられています。

首都ロンドン以外の地域を活性化させるためには、それぞれの地域からの協力が必要ですよね。そこで、中央省庁から地方政府への権限移譲に力を入れることになりました。また、イングランド北部グレート・マンチェスター、ウェスト・ミッドランズ、スコットランドのグラスゴー市地域に対し、研究開発の振興目的で新たに1億ポンド(約154億円)の予算が付くことになりました。白書の大部分はイングランドが対象ですが、スコットランド、ウェールズ、北アイランドの各自治政府と力を合わせて英国全体での格差是正に取り組むようです。

ただIFSは、白書を「歓迎する第一歩」として評価しながらも、「どのように目標を達成するのかについて十分な説明がない」と指摘しています(声明文、2月4日)。また、相当な金額の資金を長期にわたって投入することが必要となり、その実現を危ぶむ声もあります。

キーワード

Levelling Up(レベリング・アップ)

地域格差を減少させること。オックスフォード辞書では「格差を取り除くために何かを増やすこと」。2016年、欧州連合離脱のための国民投票では、イングランド北部に離脱支持派が多く存在した。ジョンソン首相は北部からの支持を獲得するべく、2019年の総選挙でこの表現を使ってアピールした。キャメロン政権(2010~16年)の北部の経済振興策「ノーザン・パワーハウス」に次ぐ存在。

 
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