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Tue, 07 February 2023

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

辞職後に受け取る手当正当性に疑問 - 超短期で辞任のトラス元首相は請求を辞退するべきか

前回のコラム(10月20日掲載)でリズ・トラス首相(当時)の去就に注目と書きましたが、掲載日当日の午後には与党・保守党党首及び首相としての辞任を表明してしまいました。すぐに党首選が開始され、前回の夏の党首選ではトラス氏に敗退したリシ・スナク元財務相が10月24日、保守党議員の大半の支持を得て、党首になりました。同25日にはチャールズ国王と接見し、新首相に就任。あっという間の展開ですね。

トラス氏の辞任表明は首相就任から45日目という超短期でしたが、首相経験者は毎年最大11万5000ポンド(約2000万円)の「公務費用手当」(Public Duty Costs Allowance=PDCA)の支払いを請求することができます。最大野党労働党のキア・スターマー党首などが、トラス氏は「この手当を請求するべきではない」と言い出しました。あまりにも就任期間が短いので「請求する資格がない」と主張したのです。ある労組幹部は「経費削減で公務員の給与が実質減額され、物価高で国民が生活苦になるなか、正当化できない」と指摘しました。請求しないことをトラス氏に求めるオンライン運動の署名が数日間で十数万人も集まりました。

PDCAはマーガレット・サッチャー首相(在職1979~90年)の辞任後の1991年、後を継いだジョン・メージャー首相(同1990~97年)のときに導入されました。首相経験者として公務活動を行う際の事務所運営や秘書の給与などの費用として請求できます。内閣府による報告書によりますと、2020~21年度ではメージャー氏、トニー・ブレア氏(1997~2007年)は最大金額を請求し、ゴードン・ブラウン氏(2007~10年)は11万4712ポンド、デービッド・キャメロン氏(2010~16年)は11万3423ポンド、テリーザ・メイ氏(2016~19年)は5万7832ポンドを請求しました。ボリス・ジョンソン元首相(2019~22年)が請求したかどうかについて、官邸は明らかにしていません。

ただ、PDCAは「給与」でも「年金」でもなく、あくまでも首相辞任後の公務費用の払い戻しですので、「自動的に得るもの」として野党やメディアが首相経験者を批判するのは正しくないようです。

では、退職金はどうなっているのでしょうか。元閣僚や元野党党首らは辞任後、役職に就いた年間給与の25パーセントを退職金として受け取ります。65歳未満で、死亡以外の理由で辞任したことが条件です。また、辞任後、3週間以内に別の閣僚職についた場合も適用外になります。

下院議員の給与に注目すると、下院報告書(2020~21年度、2021年2月25日発表)によりますと、閣僚になると下院議員としての給与に加え、役職給与がつきます。4月以降、下院議員の給与は8万4400ポンドになりました。首相になると、これに7万9000ポンドが上乗せされます。役職への給与分の25パーセントが退職金になるとすると、1万9000ポンドに上ります。これを多いと思うか、少ないと思うかは人によって違うかもしれません。

首相経験者は辞任後、ほかにもさまざまな公的支援を得ます。継続して警備体制が敷かれ、運転手付きの専用車を使うことができます。メイ元首相のように下院議員であり続ける場合、議員としての給与が支払われますし、事務所の運営費や選挙区内の住宅関連費、議会と選挙区との間の交通費もほかの議員同様に提供されます。

元閣僚の経験を生かしてさらに注目度が高いキャリアを築く人も少なくありません。ジャーナリスト、作家でもあるジョンソン元首相は演説や回顧録の執筆などますます忙しくなりそうですが、今回の党首選にも参加する意欲を見せ、最後は取りやめたものの、話題をさらいました。トラス前首相に演説依頼が殺到するのは先になりそうですね。

キーワード

PDCA(公務費用手当)

Public Duty Costs Allowanceの略。辞任後も公務を続ける首相経験者の経費に対する手当。事務所運営、秘書雇用など実際にかかった金額を請求する形を取る。最大金額11万5000ポンドは2011年に設定され、少なくとも2022年度まで凍結予定。繰り越しは許されず、前年の手当を翌年第1四半期末までに領収書を付けて請求する。手当受領額は毎年、内閣府の年次報告書で発表される。

 
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