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Fri, 19 April 2024

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

財政再建案で公的年金の支給額10パーセント増 - ハント財務相、「トリプル・ロック」制度を維持

「待ってました!」思わずそう叫びたくなりました。11月17日、ジェレミー・ハント財務相がようやく「仕切り直し」の財政再建計画を発表したのです。9月末、前任者のクワジ・クワーテング氏が景気刺激を狙う大型減税策を打ち出しましたが、国債増発による財政悪化の懸念から市場が大混乱となってしまいましたね。リズ・トラス前首相が率いる政権は1カ月半で退陣を余儀なくされました。10月末にはリシ・スナク元財務相が首相に就任。物価高騰で打撃を受ける国民や企業を助け、市場に安心感を与える政策の発表が渇望されていました。

ハント氏の財政計画は前政権の減税路線を緊縮財政方針に転換するものでした。大規模な増税と歳出削減による総額550億ポンド(約9兆2000億円)規模の改革案です。筆者の目を引いたのは、高額所得者に負担増を求め、資源価格の値上がりで巨額の利を得るエネルギー関連企業への課税を大幅に強化する一方で、各家庭への光熱費支援をやや小規模化させながらも継続し、「弱い立場にいる人々」を守るための支援策を取り入れていることでした。特に驚いたのが、来年4月から公的年金支給額を10.1パーセント増加させる点です。これほどの規模は高齢者の比率が高い日本ではあり得ませんよね。公的年金支給額の伸び率には「トリプル・ロック」(TripleLock)制度が使われてきましたが、これは消費者物価指数(CPI)で測るインフレ率、賃金上昇率、2.5パーセントの三つの指標のうち最も高い数字を採用する仕組みです。今回の伸び率は9月のCP Iに由来しています。10月のインフレ率は約11パーセントでしたので、増加分は実質的にはほぼ帳消しになるかもしれませんが、2桁台で目減りするよりはるかに良いわけです。また、低所得の高齢者を対象に公的年金制度を補完する制度として始まった「年金クレジット」の受給対象者には来年度から年間900ポンドを上限とする生活支援金が提供されます。

現在、英国で公的年金を受給されている人は1240万人です。制度の実施は1948年で、受給開始年齢は65歳に設定されましたが、2020年10月までに66歳に引き上げられました。国民保険料を10年以上払っていることが条件で、35年間の支払いで全額が受給されます。英国の公的年金制度は2016年に改革され、「基礎年金」と「付加年金」の2階建てが1階建ての「公的年金」に変わりました。旧基礎年金の受給者で、16年4月以前に受給年齢に達していた人は、現在週141.85ポンドの支給額が4月から156.20ポンドになり、新規の公的年金の受給者で16年4月以降に受給年齢に達した人は現行の185.15ポンドの支給額が203.85ポンドに増額されます。以前からですが、1956年9月26日以前に生まれた人が住む家庭には「冬の燃料費」が支給されてきましたが、今年の秋冬分は増額されています。

トリプル・ロック制度は公的年金支給額の価値が生活費の高騰や労働人口の給与上昇によって下がることを避けるために設置されたものです。2019年の総選挙の際、与党・保守党は選挙マニフェストの中に制度の維持を入れていました。ただ継続に危険信号が灯ったのが、2020年初頭からの新型コロナウイルスの感染が拡大したときでした。20年3月、ウイルス対策のために行われたロックダウンで多くの産業が影響を受けました。経済への打撃を弱めるため、政府は大規模な経済対策を打ち出しました。20年秋、公的支援の投入などによって賃金の伸び率の計算が困難となり、年金支給額の伸び率が極端に低くなる可能性も出たのです。翌年9月、コロナ危機が過ぎると、今度は平均賃金が上がり出します。トリプル・ロックを採用すれば伸び率を8パーセントに上げる必要がありましたが、当時の政権は「トリプル・ロック制度を1年凍結する」と決め、インフレ率3.1パ-セントを支給額伸び率に設定しました。

キーワード

Triple Lock(トリプル・ロック)

公的年金支給額の伸び率をインフレ率、賃金上昇率、2.5パーセントの三つの指標の中で最も高い率に合わせる制度。インフレ率は前年9月の消費者物価指数を使う。2010年から導入された。今回の経済再建計画発表前、政府は賃金の平均上昇率5.7パーセントを支給額の伸び率に採用することを考えていたといわれている。

 
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