Tue, 30 April 2024

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

英国の欧州連合(EU)離脱実現に大きな役割を果たした英国独立党(UKIP)の元党首ナイジェル・ファラージ氏。離脱運動の最中、その姿をメディアで目にしない日はなかったといってよいでしょう。

最近ではあまり姿が見えないなと思っていたところ、6月29日、某銀行に口座を閉鎖されたとファラージ氏がツイートし、大きなスキャンダルに発展しました。ほかの複数の銀行も同様の措置を取っており、ファラージ氏は、支配層が自分を英国から追い出そうとしていると主張しました。7月4日、BBCの記者が銀行名を報道しました。「ある情報源によると」、富裕層向けに金融サービスを提供するクーツ(Coutts)銀行がファラージ氏の口座を閉鎖したというのです。この類の銀行は「プライベート・バンク」と呼ばれています。プライベート・バンクを利用するには、一定の金額の資産を持っていることが条件となります。

クーツのウェブサイトによると、口座を開設するには少なくとも100万ポンド(約1億8000万円)の投資ができるか300万ポンドの預金ができるほどの資産が必要だそうです。BBCは銀行が「商業上の理由」からファラージ氏の口座閉鎖を決定したと報道し、同氏の資産がクーツの取引金額基準を下回ったことを暗示しました。ファラージ氏はBBCに出演し、銀行は閉鎖理由を説明しなかったけれども、これは反ブレグジットの銀行業界による「政治的な」動きだと批判しました。筆者はBBCの報道に若干の疑問と不快感を感じました。高額所得者向けの銀行の話は一般市民にとっては遠い話ですし、現役の政治家ではない人物の個人資産の増減を、しかも不名誉になりかねない状況を報道することにどんな公益があるのだろうか、と思ったのです。


事件が別の展開を見せるのは、同18日、ファラージ氏がクーツの風評リスク委員会による口座についての評価報告書を入手・公開してからです。報告書では閉鎖は「政治的な決定ではない」としながらも、人種差別や外国人嫌いを示唆する同氏の公的見解は銀行の価値観とは合わないとする判断もあったことが分かりました。利用者の合法的な政治的信念によって口座の開設・閉鎖が左右されていいのかどうかという問題が持ち上がりました。数日後、BBCは閉鎖が商業上の理由のみであったとする先の報道は「正確ではないことが分かった」として修正し、ニュース部門責任者がファラージ氏に謝罪する羽目になりました。

さらなる展開を見せたのは25日です。BBCの記者にファラージ氏の口座閉鎖についての情報を漏らしたのはナットウエスト銀行CEO アリソン・ローズ氏だったのです。ローズ氏は声明文でファラージ氏と銀行との関係を記者に話すという「間違った判断をした」ことを認め、個人的な財務情報は明らかにしなかったものの、閉鎖が金銭的な理由である印象を記者に与えてしまったと述べました。夕方、ナットウエストの取締役会が開かれ、ローズ氏の現職維持を決定しました。これにファラージ氏が反発し、「顧客についての情報を外部に漏らした」だけでも辞任するべきという声が広がっていきました。


2008年の世界金融危機の際、政府の支援で命をつないだ複数の金融サービスの中にナットウエスト(当時はロイヤル・バンク・オブ・スコットランド)も入っていました。約39パーセントの国税が入っている金融機関の不祥事に政府も黙っていられなくなりました。政府閣僚らがローズ氏の指導力に疑問を表明するなか、取締役会は緊急会合を開くことになりました。翌午前1時半過ぎ、取締役会はローズ氏の辞任を発表しました。26日午前中、銀行株は一斉に値を下げました。27日にはクーツ銀行のCEOが辞任。ナットウエスト取締役会の責任も問われるかもしれませんね。

キーワード

Coutts(クーツ)

富裕層を対象に金融サービスを提供するプライベート・バンク。個人のニーズに合わせたサービスを行い、専任アドバイザーが付く。創業1692年。著名な顧客に王室、ビートルズ、ラッパーのStormzyなど。本店ロンドン。2000年にナットウエスト・グループの一部に。22年の年間収入は10億ポンド(約1811億円)超。

 
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