Tue, 30 April 2024

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

高速鉄道HS2 マンチェスターには届かない? - 膨れ上がる総工費、政府は規模縮小を検討か

「経済的な自傷行為だ」、「南北に亀裂を作ってしまう」、「国家的不名誉」。厳しい声が次々と上がりました。それぞれジョージ・オズボーン元財務相、グレーター・マンチェスターのアンディー・バーナム市長、そして保守党上院議員ウィリアム・ヘイグ氏の発言です。財界も含めて大きな反発を引き起こしたのは、9月中旬、スナク政権がイングランド北部の都市とロンドンを結ぶ高速鉄道「ハイ・スピード2」(Hig hSpeed 2=HS2)計画で、同中部バーミンガムと北部マンチェスター間の建設中止を考えていると報道されたことがきっかけでした。リシ・スナク首相とジェレミー・ハント財務相がHS2の膨れ上がる経費について議論したことを示す文書を、ある政府高官が腕に抱えていたところをメディアに撮影されてしまったのです。

この区間でのHS2の建設はイングランド北部地域を活性化させるための通称「レベル・アップ」戦略の柱となっていましたので、これが実現しないと計画の進展が大きく揺らいでしまいます。また、政府の熱意のなさを北部に住む人々に発信してしまうことにもなりかねません。特にオズボーン氏の反対の声には力が入りました。財務相時代の2014年、地域の政府と協力しながら北部の経済成長を実現させる「ノーザン・パワーハウス」のプロジェクトを率先して進めたのは同氏で、北部の経済活性化を目指す組織「ノーザン・パワーハウス・パートナーシップ」の代表取締役でもあるのです。

スナク政権の懸念は経費の大幅増加です。総工費が1000億ポンド(約18兆円)にも上ると予測され、首相は「驚愕した」と伝えられています。欧州最大となる鉄道建設プロジェクトは2010年、総工費は約330億ポンドと算定されましたが、2015年には557億ポンドに増大します。工事の遅れ、環境負荷の調査、インフレ、ブレグジット、新型コロナによる影響などで予算が大きく膨らんでしまったのです。

HS2は第1期工事でロンドンとバーミンガムをつなぎ、第2期工事ではバーミンガムを起点に北西はマンチェスター、北東はリーズに線が伸びるY字型の鉄道として構想されましたが、度重なる変更を余儀なくされてきました。2021年、政府は経費高騰のために東部イースト・ミッドランズ・パークウェーからリーズまでの路線の建設を中止してしまい、そのため「Y字」の右側の線がほとんど姿を消しました。代わりに在来線を高速鉄道用の路線に変える予定です。

第1期の工事はすでに始まっていますが、ロンドン西部に建設中のオールド・オーク・コモン駅とバーミンガムがつながるのは、2029年から33年の見込みで、ユーストンから利用できるようになるのは2035年ごろ。ただ、オールド・オーク・コモンとユーストンをつなぐ計画は見直し中となっています。今年に入って、政府はバーミンガムからマンチェスターに向かう路線について、途中地点クルーまでの工事を遅らせることを決め、この部分の高速鉄道の開通は2036年になると発表しました。これでマンチェスターまでの路線開通は2040年ごろにずれ込むという予測が出ています。

政府はHS2プロジェクトと並列して、北部の主要都市を在来線の改修や新路線の開通などを通じてつなぐ「ノーザン・パワーハウス鉄道」(NPR)を計画しています。HS2の線路を利用してマンチェスター空港と主要駅マンチェスター・ピカデリーを結ぶことも構想されています。バーミンガム・マンチェスター間のHS2建設計画が中止された場合、NPRとの連携はどうなるのかはまだ分かりません。バーナム市長は政府が北部を「二流国民として扱っている」、南部には最新の鉄道網を築きながら北は「ヴィクトリア朝時代のインフラのままにしている」と悲痛な声を上げました。NPRの建設を先に進める代案を出しています。南北の経済格差解消はどうなるでしょうか。(9月29日脱稿)

キーワード

High Speed 2(HS2)(ハイ・スピード2)

ユーロスターが走る高速鉄道「ハイ・スピード1」の次のプロジェクト。ロンドン、イングランド中部バーミンガム、北部マンチェスター、リーズなどを最高時速360キロで走行する。ロンドンからバーミンガムが1時間20分から52分に、マンチェスターまでは2時間強が1時間に短縮される。移動時間の短縮、輸送量の向上、雇用創出を目指す。

 
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