小林恭子の
英国メディアを読み解く

超人気のダンス番組で虐待があった？プロのダンサーによる厳格な教えに苦情

BBCの超人気番組の一つ「ストリクトリー・カム・ダンシング」（Strictly Come Dancing）で、虐待疑惑が発生しました。プロのダンサーと著名人が二人一組となって踊りを披露し、審査員の評価と視聴者からの投票によって優勝者を決める、このダンス勝ち抜き番組を知らない人はいないといってよいでしょう。踊りの質の高さの上に、コンビの意気投合ぶりも評価の対象になります。視聴者にとってはどの著名人が参加するかも見どころの一つで、2016年には労働党の元閣僚エド・ボールズ氏が奇想天外なダンスを披露しました。

不穏の兆しが垣間見えたのが、昨年10月です。BBCの探偵ドラマ・シリーズ「シャーロック」に出演したアマンダ・アビントン氏が「個人的な理由で」参加を「続けることができない」と発表したのです。ダンス・パートナーはプロのダンサー、ジョバンニ・ペルニーチェ氏です。同氏の教え方が厳しすぎたのではという噂が立ちました。今年5月、ペルニーチェ氏は指導が「虐待的、威嚇的だったことはない」と否定しましたが、BBCが発表した次回のプロ・ダンサーの出演リストにその名前はありませんでした。

7月に入って、今度は別のプロ・ダンサー、グラツィアーノ・ディプリマ氏に疑惑が発生します。ディプリマ氏はインスタグラムで「ストリクトリー」にはもう出演しない、「勝つための情熱が練習を厳格なものにしたのかもしれない」と述べました。昨年、ディプリマ氏とペアになったのは、民放ITVの「ラブ・アイランド」に出演したザーラ・マクダーモット氏でした。ディプリマ氏の発言の数日後、マクダーモット氏は、練習中に「信じられないほど悲惨な体験をした」と告白しました。つらい体験を公表するまでにはためらいがありました。社会から反発を受けるかもしれないし、自分の将来に負の影響を及ぼす可能性があったからです。その後、ディプリマ氏が練習中にマクダーモット氏を蹴る場面が映った動画が出回ります。ディプリマ氏の広報担当者は蹴ったことを認め、「間違いを犯した。その場で謝罪した」と述べています。

7月末、冒頭のアビントン氏は「サン・オン・サンデー」紙に対し、ペルニーチェ氏の練習中の態度は「虐待的、残酷、意地悪だった」と話しました。自分が黙っていれば、ほかの人にも被害が及ぶかもしれないと思って声を上げたそうです。アビントン氏によるとペルニーチェ氏の「問題行為」については制作者側に伝えられていたものの、「何も対策が取られなかった」と指摘しています。ペルニーチェ氏は虐待疑惑を否定する声明を出しました。一連の虐待疑惑を受けて、BBCは番組の練習時には制作班の一人が必ず立ち会うことにし、参加者が安心して踊りの準備ができるよう専門の担当者を当てることにしました。勝ち抜き戦で勝利したいというプレッシャーのあまり、虐待ともとられかねないほどの厳しさでプロが著名人に指導を施していたことが想像される事件ですよね。

もう一人、声を上げた人物がいます。パラリンピックの元選手ウィル・ベイリー氏です。関節が永久的に固まる関節拘縮症を持つベイリー氏は四肢の動きに制限を受けますが、これを乗り越え、2016年のリオデジャネイロで開催されたパラリンピックでは卓球で金メダルを獲得しました。2019年、「ストリクトリー」ではプロのダンサー、ジャネット・マンラーラ氏とペアになりました。悲劇は練習中におきました。台の上から飛び降りるように言われ、安全な着地に自信がなかったのでちゅうちょしたのですが、その場にいた全員に「大丈夫」と言われ、2回飛び降りました。その結果、ベイリー氏は膝の摘出手術をせざるを得なくなったのです。

このような痛みや犠牲があったことを視聴者は今まで知りませんでした。BBCにはぜひ参加者に対するケアを徹底してほしいものです。