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英国ニュース解説

最終更新日:2012年9月26日

イギリス政府の歳出削減計画が明らかに

4年間で810億ポンドの公的支出削減へ
政府の歳出削減計画が明らかに

10月20日、来年度から4年間の政府各省の歳出計画を示す文書である「支出見直し(Spending Review)」が発表された。各省が平均で19%の歳出削減という数字は、予想を上回るものではなかったものの、福祉など様々な分野で大幅に支出が減らされることが明らかにされ、国民には動揺が広がっている。


「2010年支出見直し」で示された政府方針など

● 2011年度〜14年度の4年間で計810億ポンドの公共支出を削減する。
● 政府各省の歳出を同4年間で平均19%削減する。

経済・雇用
  • 政府による公的支出削減の結果、14年度までに公的部門で49万の職が失われる見込み。
  • 10年6月の緊急予算で発表された銀行に対する新税を恒久的措置として導入する。
司法・治安維持
  • 公訴局(CPS)は、11年度〜14年度の4年間で25%の経費削減を行う。
  • 貧困層を対象とした裁判費用補助金「リーガル・エイド」への支出を削減する。
  • 警察への支出を同4年間で14%削減する。
住宅
  • 公営住宅入居者の入居権限を定期的に見直す。
  • 公営住宅の新規入居者の家賃を、民間の住宅の家賃と公営住宅の家賃の中間レベルに設定することを可能にする(既存の公営住宅居住者はこの変更による影響は受けない)。
  • イングランドの公営住宅予算を50%削減する。
  • 自治体が、適正価格の住宅(Affordable Homes)の建設を目的として資金の融資を受けることを可能にする。
福祉
  • 14年度まで、福祉への支出を年間70億ポンド(約9100億円) 削減する。
  • 就労年齢にある者を対象とした福祉手当及び税控除を統合した 「ユニバーサル・クレジット」制度を創設する。
  • 仕事を持つ低所得者を対象とする「就労税控除」の基礎支給額 を11年度から3年間凍結。
  • 所得税の最高税率(40%)の適用対象者が一人でもいる世帯に 対する「児童手当」の給付停止。
  • 住宅手当の一つである「ルーム・シェア手当(Shared Room Rate)」の対象者の年齢を25歳から35歳に引き上げる。
  • 一世帯に対する福祉手当の支給総額が、一世帯の平均収入を超 えないよう上限を設ける。
  • 所得に関係なく、高齢者を対象に支給される福祉手当は継続(バ スの無料乗車券、テレビ・ライセンス支払い免除措置など)。
保健・医療
  • 医療への支出は11年度から4年連続で引き上げ。
  • 国民医療制度(NHS)の業務効率化により、年間200億ポンド(約2兆6000億円)の経費削減を達成する。
  • NHSでの高齢者ケアの提供に年間10億ポンド(約1300億円)を追加投資。
教育
  • イングランドの公立小中学校向け支出は実質ベースで11年度から4年間、毎年0.1%引き上げ。
  • 低所得世帯の生徒を受け入れた公立学校に対し、「特別補助金(Pupil Premium)」を交付する。
  • 大学教育への支出を40%削減する。
  • 低所得世帯の出身で義務教育修了後も学業を継続している16〜19歳の若者に対する補助金である「教育補助手当 (EMA)」を撤廃する。
年金
  • 国民年金の支給開始年齢を20年に65歳から66歳に引き上げる(男女とも。前政権の計画では66歳への引き上げは24年 からであった)。
  • 10年10月に発表されたハットン卿による公的部門職員の年金制度に関する報告書の提案を受け入れ、職員が支払う年 金掛け金の額を引き上げる。
交通
  • 鉄道運賃のうち、「規制運賃」について、12年から3年間、前年7月の小売物価指数(RPI)に最高3%まで上乗せして運賃値上げ率を設定することを許可する。(*)
  • ロンドンからバーミンガム、マンチェスター、リーズを結ぶ 高速鉄道の建設計画を実行する。
  • バス運行会社に対する政府補助金を20%削減。
王室
  • 王室への拠出金は、11年度、12年度共に年間3000万 ポンド(約39億円)で凍結。

(*) 鉄道運賃には、料金設定に運輸省の規制がある「規制運賃 (Regulated Fares)」と、規制のない「非規制運賃(Unregulated Fares)」がある。現在、「規制運賃」は、前年7月の小売物価指数(RPI)に最高1%まで上乗せした値上げ率が認められている。



「 2010年支出見直し」で明らかにされた政府各省の歳出増減率
省名 14年度の歳出の10年度比
内務省 23%減
財務省 33%減
外務省 24%減
教育省 3.4%減
保健省 1.3%増
雇用・年金省 2.3%増
ビジネス・改革・技術省 25%減
国防省 7.5%減
司法省 23%減
地方自治・コミュニティー省
公営住宅向け歳出
地方自治体向け補助金

51%減
27%減
国際開発省 37%増
エネルギー・気候変動省 18%減
環境・食糧・農村問題省 29%減
文化・メディア・スポーツ省 24%減
内閣府 28%増
スコットランド省 6.8%減
ウェールズ省 7.5%減
北アイルランド省 6.9%減

(*)上記は、各省による政策実行及び省の運営に要する歳出の増減率を示す。インフラ設備の建設費用などは含まれない。


福祉への支出を70億ポンド削減

今回の「支出見直し(Spending Review)」では、「英国の構造的財政赤字を次期総選挙までに解消する」という連立政権の方針に基づき、政府各省の歳出が大幅に削減されることが明らかにされた。各省は、2011年度から14年度までに平均19%(10年度比)に及ぶ歳出削減を強いられることになり、公的支出削減の総額は、4年間で総額810億ポンド(約10兆5300億円)に達する見込みとなっている。

特に大きな関心を集めたのが、福祉への支出を14年度まで年間70億ポンド(約9100億円)削減するとの決定であった。これには、心身の疾患や障害のために働けない、または働く能力が制限されている人を対象とした「雇用・生活支援手当」の支給期間を、重度の障害を持つ人などを除き、1年間に制限することなどが含まれている。他にも、仕事を持つ低所得者を対象とした「就労税控除」を夫婦またはカップルが受給するための就労時間の要件を引き上げたほか、「障害生活補助手当」などに関して細かい変更が発表された。

また、政府から地方自治体への補助金が、4年間で27%削減されることも分かった。これにより、高齢者や障害者のケアなどを含めた自治体が提供する公共サービスは、規模縮小や質の低下が免れないと考えられている。

公的部門で49万の職が喪失へ

「支出見直し」は、公共支出削減の結果、14年度までに公的部門で49万もの職が失われると予測している。これは、49万人が解雇されるという意味ではなく、多くの場合、職員が辞職・退職した後、後任を採用しないことによって自然に職が減らされることになる見込みである。それでも、英国の労働市場から49万の職が失われることに変わりはなく、特に北アイルランドやイングランド北部など、公的部門に雇用を頼っている地域は深刻な影響を受けると考えられ ている。

今回の「支出見直し」は、連立政権による「ギャンブル」であると言われているが、その理由の一つは、政府が、経済成長支援策を十分に用意しないまま、民間企業が公的部門の職にあぶれた人々の受け皿になってくれるだろうと仮定しているためである。しかし、民間部門も、特に公共部門からの請負業務に頼っている企業は、公的支出の削減で更に大きな打撃を受けると予測されており、新たに雇用を増やすどころか、人員縮小に迫られるケースが少なくないだろうと言われている。

「貧困層に最大の打撃」との分析も

英国で戦後最大と言われるこの大規模な公的支出削減は、貧困層に最も「痛み」を強いることになるとの分析も既に発表されている。また、「支出見直し」発表の3日後には早くも、政府の方針に反対す る労働組合のデモが英国各地で行われた。今後、公的部門職員に よるストも予想されている。ブラウン前首相は07年3月、財務相として行った最後の予算演説で、「英国史上、最も長期間続いた経済 の安定と持続的な成長」を達成できたと誇らしげに語ったが、あの頃がまるで夢だったかのように、今後数年の英国は、暗い影に包ま れそうである。

Spending Review(SR)

国の優先事項に即して政府が決定する各省の歳出計画を示した文書。ブレア政権が1998年に始めた。日本語では「支出見直し」などと訳される。労働党政権下でのSRは、およそ2年ごとに発表され、3年単位で歳出計画を示していたが、今回連立政権が発表したSRは、次の総選挙まで、つまり2011年度から14年度までの4年間をカバーしている。なお、SRは、労働党政権下では「包括的支出見直し(Comprehensive Spending Review、CSR)」と呼ばれたこともあったため、現在もマスコミなどはこの呼称を用いることがある。

(猫山はるこ)

 

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