「ケルトの虎」は再生できるか
隣国アイルランドの危機
かつては「ケルトの虎」といわれ、その目覚しい経済成長ぶりで世界中を驚かせたアイルランド。英国の隣国でもあるこの国が、財政・金融危機に見舞われている。欧州連合と国際通貨基金は、11月末、同国に対する総額850億ユーロ(約9兆4000億円)の緊急支援に合意。歴史的、地理的、経済的にも深い関係にある英政府はアイルランドへの2国間支援融資を決断している。アイルランドの現状を、英国との関連から探ってみた。
アイルランドへの緊急支援策の内訳
負担する国・ 機関 |
負担額 | |
欧州連合 | 450億ユーロ (約5兆円。英国、スウェーデン、デンマークとアイルランドの2国間融資分を含む) |
用途 金融機関支援 350億ユーロ (100億ユーロ分は金融機関への資本注入として直ちに実行) 財政支援策 500億ユーロ |
国際通貨 基金 |
225億ユーロ (約2兆5000億円) |
|
アイルランド (自助努力捻出分) |
175億ユーロ (約2兆円) |
|
総額 | 850億ユーロ (約9兆4000億円) |
アイルランドの主な貿易パートナー(2009年)
「ケルトの虎」の凋落
人口わずか約450万人の国アイルランドは、近年の経済成長の著しさから、「ケルトの虎(同国がかつてケルト民族の居住地であったことに由来する)」と呼ばれてきた。ただその経済成長は不動産市場の活況に大きく依拠しており、2008年に不動産バブルが崩壊すると、銀行は大量の不良債権を抱える羽目になる。この危機 を救済するためにアイルランド政府は巨額資金をつぎ込んだが、今度はそのために財政赤字が広がった。今年、アイルランドの財政赤字は国内総生産(GDP)比で約32%に悪化する見込みだ。不景気で税収入が大きく減少し、失業率(13%前後)が上昇している。
こうした状況を受けて、アイルランド政府は11月24日、来年から4年間で総額150億ユーロ(約1兆6700億円)を削減する緊縮財政策を発表した。公的部門で2万人を超える人員削減や、付加価値税の引き上げなどが予定され、国民にとっては厳しい4年間となりそうだ。
11月22日、政府の融資要請発表に不満を示すアイルランドの首都ダブリンの市民
是非が分かれる英国の関与
当初は自力でこの財政危機を乗り越えられると主張してきたアイ ルランド政府は、結局、欧州連合(EU)や国際通貨基金(IMF)から の支援を受け入れることになった。11月29日には、EUとIMFが、総額850億ユーロ(約9兆4000億円)もの支援策に協力することを決定。EUが450億ユーロ、IMFが225億ユーロを負担し、175億ユーロはアイルランドが自助努力で捻出することになっている(英国、デンマーク、スウェーデンとアイルランドとの2カ国間金融支援もEUの総額に含まれる)。2008年の世界的金融危機の影響後、ユーロ圏諸国でこうした形での支援を受けるのは、今年5月のギリシャに続きアイルランドが2カ国目だ。
この支援策において、英国は大きな役割を担うことになる。英国とアイルランドの結びつきは深い。かつてはアイルランド全体が英国の一部であり(アイルランド南部は1922年に独立)、北部6州は現在でも「英領北アイルランド」となっている。さらに英国はアイルランドの主な貿易相手であり、またアイルランドの各銀行は英国本土で積極的に投資を続けてきた。アイルランドが経済破綻すれば、英国内におけるビジネスや雇用への影響は多大となる。
そこでオズボーン英財務相は、アイルランドに対して、約70億 ポンド相当の2国間支援を行うことを議会で発表した。この金額は、英国の家庭が一戸あたり約300ポンドを負担することを意味する。そもそも英国自体が現在では緊縮財政下にあり、これほどの金額を提供するのは並大抵のことではない。英国民が財務相の判断に複雑な思いを持つのも無理はないだろう。
懸念される他国への波及
アイルランドの危機が、イタリア、ポルトガル、スペインなどほかのユーロ圏の経済に波及するのではないか、という懸念もある。さらには経済構造や成長の度合いが異なる国がユーロという単一通貨を導入し、同一の金利政策の下で財政運営を行うという仕組 みそのものが破綻しているという見方も出ている。ドイツがユーロ圏から抜け出るという予測をするエコノミストさえいるほどだ。アイルランド経済の先行きは、いまだ不透明なままである。
Euro
ユーロ。欧州連合の経済通貨同盟で用いられている通貨。米ドルに次ぐ第2の基軸通貨とされる。1999年1月1日、決済用の仮想通貨として導入され、2002年1月1日に現金通貨として発足。名称は、当時のドイツの連邦財務相テオドール・バイゲル氏の発案による。現在、欧州の22カ国で法定通貨として使用されており、そのうちの16カ国が欧州連合加盟国である。英政府は前労働党政権時代、英国の経済とユーロ圏の経済との比較などを含む5項目の経済テストを行い、現状ではユーロを導入しないという結論を出している。(小林恭子)
< 前 | 次 > |
---|