違法行為か人権問題か
追い出される「トラベラーズ」たち
一定の居住地を持たないトラベラーズたちが不当に土地を利用しているとして、英南東部の町バジルドンのカウンシルが、立ち退き強制を執行することになった。トラベラーズたちは立ち退きを拒否しており、これに賛同する支援者を中心に反対運動が発生。国連委員会が人権上の理由から強制立ち退きを停止するよう政府に求めたことで、この動きは国際的にも注目されている。
トラベラーズとは
呼称 | 主な居住地 | 起源、出身地など |
ジプシー (*現在、日本では差別語扱い)、ロマ民族の人 |
世界各国に数百万人が居住すると推定されている。スペイン、ルーマニア、トルコ、フランスに人口が拡大した。 | 欧州で生活する移動型民族。「エジプトからやって来た人」という意味の「エジプシャン」が起源とする説やギリシア語から発したという説がある。実際には北方インドに居住していたと考えられる遊牧民が11世紀頃から欧州に移動し、人口が拡大した。 |
イングリッシュ・ ジプシー |
英イングランド、ウェールズ、スコットランドのローランド地方 | 15世紀末にインドから英国へと渡った遊牧民族。19世紀頃まではロマ語を話したとされている。 |
アイリッシュ・ ジプシー |
アイルランド、英イングランド地方 | アイルランド系。アイルランド共和国内には推定2万2000人、英国内には同1万5000人〜3万人存在する。 |
ニューエイジ・ トラベラーズ |
英国 | 音楽祭やフェアなどを渡り歩く、ヒッピー系の移動者たちで、1980〜90年代に多くの参加者が発生した。 |
スコティッシュ・ トラベラーズ |
英スコットランド地方 | 様々な習慣と伝統を持つ移動民族で、ティンカーズ、インディジェネス・ハイランド・トラベラーズ、ファンフェア・トラベラーズ、ローランド・スコティッシュ・トラベラーズなどとも呼ばれる。 |
イングランド地方にある移動住宅の数
年 (1月時点) |
移動住宅の総数 | 許可を受けた場所に 設置された移動住宅数 (全体に占める割合:%) |
非許可の場所に 設置された移動住宅 |
2000 | 13,253 | 10,7373 (81%) | 728 |
2001 | 13,503 | 10,900 (81%) | 965 |
2002 | 13,612 | 10,838 (80%) | 1,137 |
2003 | 13,972 | 10,944 (78%) | 1,408 |
2004 | 14,309 | 10,738 (75%) | 1,977 |
2005 | 15,369 | 11,929 (78%) | 2,139 |
2006 | 15,746 | 12,474 (79%) | 2,154 |
2007 | 16,611 | 13,073 (79%) | 2,252 |
2008 | 17,844 | 14,047 (79%) | 2,287 |
2009 | 17,813 | 14,185 (80%) | 2,365 |
2010 | 18,355 | 14,736 (80%) | 2,395 |
Local Government
トラベラーズの正体
移動民族「ジプシー(ロマ系)」や「トラベラーズ」たちは、一定の居住地を持たず、農作業やくず鉄処理、馬の管理など、不特定の業種に就きながら家計を支え、ワゴン車や移動住宅を住居として暮らしてきた。現在、英国内で注目を集めているのが、イングランド南東部エセックス州バジルドンにある広大な敷地「デール・ファーム」で生活する、アイルランド系トラベラーズの存在である。
10年越しの交渉
現在、デール・ファームには、移動住宅内などで生活する800〜1000人のトラベラーズたちがいる。国内に設けられたトラベラーズ用のものとしては最大とされる約2万平方メートルに広がる敷地の一部は、もともと廃棄物置き場であった。1970年代に、ロマ人系トラベラーズの40家族たちに対して、地元カウンシルがこの敷地内における住居の建築を許可。また90年代半ばには、廃棄物置き場の所有者が、アイルランド系のトラベラーズたちにこの敷地を12万2000ポンド(約1400万円)で売却している。以後、土地そのものは、トラベラーズ自身によって所有されていた。
問題が生じたのは、この場所が都市開発や新規建築物に対して厳しい制限が付く「グリーンベルト」地帯(関連キーワード参照)となっているにもかかわらず、トラベラーズたちの一部が、建築許可を得ないままに住宅を建設していたことにある。建築法違反を理由に、今年7月には、28日間の猶予期間内に立ち退くようカウンシル側が依頼。しかし、トラベラーズは応じなかった。
9月16日、控訴院判事はカウンシルによる立ち退き令を支持する判断を出した。「法の下ではすべての人が平等であるべき」とするキャメロン首相、ミリバンド野党労働党党首もこの判断を支持する一方で、国連人種差別撤廃委員会は、英政府に対して「トラベラーズたちに文化的に適切な宿泊場所を特定し、これを提供するべきだ」と提言している。
地元住民との摩擦
政府はこれまで、移動型生活を行うトラベラーズたちの慣習を尊重する姿勢を見せてきた。イングランド地方にはカウンシルが提供するトラベラーズ用敷地が5000カ所設けられている。しかし、緑に囲まれた広大な敷地がトラベラーズ用に利用されることで、景観が崩れる、あるいは一般市民向けの住宅建設計画に悪影響を与えると考える住民が少なからず存在する。また英国に姿を見せた15世紀末頃から、トラベラーズたちは時の権力者による迫害を受け、一段低い存在として国民から差別の対象になってきた。さらに、「一定の場所に住居を持たないのが慣習であれば、地元住民との軋轢を起こしている敷地から離れた別の場所に移動すればよいだけではないか」と考える国民も多い。しかし、英国内でトラベラーズたちが合法的に住居を建設できる場所はいずれも埋まっており、デール・ファームで生活を送るトラベラーズたちは、同地を追い出されるともはや行き場がない、というのが現状であるという。
トラベラーズたちに移動型生活習慣を断念してもらうのか、それとも彼らの生活習慣に理解を示すよう英国民たちに働き掛けるべきなのか。政治家たちは、難しい選択を迫られている。
Green Belt
緑化地帯、グリーンベルト。「グリーンベルト」政策とは、無制限な都市化を抑制するために打ち出された都市計画のための施策。ある土地がグリーンベルト地帯に指定された場合、その土地の史跡、田園地帯、アウトドア空間の維持、自然保護などを考慮に入れた都市開発を行う必要がある。1938年にロンドンで最初に導入され、次第に英国全体に拡大した。イングランド地方のグリーンベルト地帯は全面積の約13%に相当する。環境保護運動家たちは、イングランド地方のグリーンベルトが毎年約800ヘクタール(約800万平方メートル)縮小している、と主張している。(小林恭子)
< 前 | 次 > |
---|