30回以上も政策を撤回・修正
イギリス政府による政策の「Uターン」について
保守党率いる連立政権である現政権は、政権発足以来、政策の「Uターン」を繰り返している。同じく保守党の首相であったサッチャー元首相が、自らを「信念の政治家」と呼び、自分が信じる道を頑固なまでに突き通したのとは対照的であり、多くの批判にさらされている。
現政権がこれまでに行った
政策のUターン(一部)
2010年8月 | 国が承認した保育園などで5歳以下の子供に毎日無料で牛乳を配布する制度を廃止するとの計画を撤回。 |
---|---|
2010年11月 | イングランドとウェールズにおける強姦事件の裁判で、原告のみならず、被告も匿名で公判を行うようにするとの計画を撤回。 |
2010年12月 | 小・中学校、特別支援学校(養護学校)が協力し、生徒のスポーツへの参加を奨励することなどを目的とするイングランドのプログラム「スクール・スポーツ・パートナーシップ(SSP)」を廃止するとの計画を修正。 |
2010年12月 | 慈善団体「ブックトラスト」による子供に無料で本を配布するプログラム「ブックスタート」への補助金配布を取りやめるとの計画を撤回(しかしこの2カ月後の2011年2月には、補助金額を半減することを新たに発表)。 |
2011年2月 | イングランドにある政府所有の森林を売却するとの計画を撤回。 |
2011年2月 | 失業が1年以上続いた場合、住宅手当の支給額を10%削減するとの案を撤回。 |
2011年6月 | イングランド及びウェールズで行われる刑事事件の裁判で、被告が早期に有罪を認めた場合、刑を半減するとの案を撤回。 |
2011年11月 | 18歳以下の若者・子供の犯罪・再犯防止などを役割とするイングランド・ウェールズの公的機関「青少年犯罪対策委員会(Youth Justice Board)」を廃止するとの計画を撤回。 |
2011年12月 | 居住型介護施設に入所している障害者生活手当(Disability Living Allowance)の受給者への同手当支給額を減額する案を撤回。 |
2012年5月 | 2012年秋より、イングランドの公立学校に、教育基準局(Osted)が予告なしで訪問し、監査を行うとの計画を撤回。 |
2012年5月 | 静止型ホリデー用トレーラーハウスに20%の付加価値税(VAT)を課税する計画を「5%のVATを課税する」に修正。 |
2012年5月 | スーパーマーケットやパン屋などで販売されているパイ類などの温かい食品(hot food)に付加価値税(VAT)を課するとの案を修正。 |
2012年5月 | 慈善団体などへ寄付をした場合、税額控除を受けられる制度について、控除できる金額に上限を設けるとの計画を撤廃。 |
政府のUターンに関する世論調査結果
「政府は最近、温かい食品やホリデー用トレーラーハウスへのVAT課税案などについて、方針を変更しました。次の言葉のうち、これらの問題への政府の対処を最も良く表現するものを2つか3つ選んでください」
パイ類などへのVAT課税案を修正
最近、政府の動向に関する報道でよく使われている言葉が「Uターン」である。これは、「政府が、一度実施すると決めた政策を、撤回または変更すること」を意味する。保守党と自由民主党の連立政権である現政府は、5月28日、3月に発表した2012年度予算で明らかにしていた、「スーパーマーケットなどで販売されているパイ類などの温かい食品(hot food)に付加価値税(VAT)を課す」との案を修正した。全国のパン屋などからの強い反対を受けての決定であった。同じく5月末にはまた、同様に2012年度予算に盛り込まれていた静止型ホリデー用トレーラーハウス*へのVAT課税案、慈善団体などへの寄付金の税額控除に関する案がそれぞれ修正・撤回された。
*移動型ではなく、長期間同じ場所に置かれるタイプのトレーラーハウス(キャラバン)で、休暇滞在用などに使われる。
「政府は無能」との批判
現政権による「Uターンぐせ」は、今に始まったことではない。2010年5月の政権発足以降、現政府が政策の撤回・変更を行った回数は、実に30回ほどに上る。例えば2011年2月には、イングランドにある政府所有の森林を売却する案を撤回。同案に対しては、田園地方の保護を訴える団体などを含めた多くの人から反対意見が噴出していた。これ以外にも、保育園などでの5歳以下の子供への牛乳の無料配布制度や住宅手当などに関する政策について、過去2年の間、次から次へとUターンが繰り返されている。こうした経緯と、特に前述したように5月末のわずか4日間で2012年度予算に含まれた3つもの政策についてUターンを行ったことで、政府は現在、「無能」との批判にさらされている。こうした声に対し、キャメロン首相は、「我々は、間違いを認め、方針を変更する勇気を持っている」などと述べ、一連のUターンを正当化している。
「望ましいUターン」を求める声
一方、こうした批判とともに、「同じUターンであれば、『英国にとって望ましいUターン』をすべき」との声もある。これはつまり、政府の経済政策を、財政赤字解消を目指すこれまでの緊縮財政の方針から、インフラ投資などの経済成長促進策に焦点を当てる方針に転換するべきであるとの意見である。実は既に、こうした声に応えるかのように、クレッグ副首相は最近、「フィナンシャル・タイムズ」紙上のインタビューで、今後、経済政策の重点を経済成長促進にシフトさせることで政府の上層部が合意したことを明らかにしている。
英国経済は、2011年の第4四半期と2012年第1四半期に2期続けてマイナス成長となり、再び景気後退入りした。また、5月中旬に国民統計局(ONS)が発表した統計では、今年3月時点での1年以上の長期失業者の数が88万7000人と、1996年以降で最悪を記録したことが分かった。現政府のこれまでの経済政策が期待通りの効果を上げていないこと、国による積極的な経済成長支援策が必要であることに賛同する人は少なくないと思われ、副首相が明らかにした政府の方針が本当に実行されるのであれば、今度はそれが「Uターン」をしないことが望まれるであろう。
「The lady's not for turning」
マーガレット・サッチャー元首相が、政権初期の1980年に、イングランド南部ブライトンで開かれた保守党の党大会での演説で述べた言葉。「私は政策のUターンをしない」という意味。当時、同元首相が推進していたインフレ抑制策に反対し、Uターンをすることを期待する人々に向けて述べたもので、あくまで自らの政策を追求する姿勢を明確にした。このときの演説の原稿を執筆したのは脚本家のロナルド・ミラー氏で、この有名な台詞は、1940年代に初演されたクリストファー・フライ氏脚本の劇のタイトル「The Lady's Not For Burning」をもじったもの。(猫山はるこ)
< 前 | 次 > |
---|