クイズを発することから始めよう。ここに何百万という人間の顔が並んでいる。さて、あなたはそのなかに、似ているものを探そうとするだろうか。或いは、ひとひとつの差を見極めようとするだろうか。
正解のあるようなクイズではない。敢て言うなら、どちらも正解なのである。有名タレントや政治家のそっくりさんがテレビに登場するところを見れば、他人の空似は実際にあることだと知る。だが一方で、人の顔が千差万別であることもまた疑いようのない事実である。要は事を表から見るか裏から見るかといった差だが、その差が生まれるに至る背景には、見逃すことのできない大きな違いがあるように思う。
トマス・ブラウン卿は、17世紀に生きた医師、著述家である。「医科の宗教」「俗信論」などの著作があり、理性の人として知られた。だが、今回の名言に関して言えば、私はブラウン卿個人の性格や思想を超えて、イギリスという国の精神風土の根幹を見せられる気がしてならない。
イギリスは個人主義の国であると言われる。ひとりひとりの個性を重んじ、その伸張を是とする不文律が、社会にしっかりと根を張っている。イギリスの子供は小さい頃から「君はどう思う?」と親や教師から尋ねられて育ち、日本の子供は周りとのハーモニーを第一にすることを教えられて育つと、これはよく耳にする喩えだが、少々図式的にすぎる嫌いはあっても、やはりイギリスが個性尊重の国であることの証左には違いない。
西洋近代も今や行き着くところまで行き着いて、個性尊重が軋みを生じ、むしろ日本的な和の精神を尊びたいとするイギリス人がいるくらいだが、それは利己主義が蔓延した弊害であって、この国が長い間つちかってきた健全な個人主義が色褪せた訳ではないと信じたい。歴史を彩る偉人たちを見ても、政界から科学、文学界に至るまで、きら星の如くに才ある個性が輝き、才の厚み、ヴァラエティの豊かさは、世界的に見ても抜きん出ている。
さて、初めのクイズに戻ろう。大群衆を前にして、似ているものを探すか、個々の差を見極めるか――。後者を代表するブラウン卿の言葉は、いかにもイギリスの個人主義を宣言したようなものだが、私は、例えば夥しい数の人々で溢れるロンドンの繁華街に立つと、人種、出身など、実に多様な顔を前にして、そこに個人、個性という尺度をもって対峙しようとするこの国の文化土壌の重み、凄みを、しかと感じてならない。ブラウン卿の今回の言葉は、イギリスに生きる限り、巡り来る季節に出会うように、折に触れ、噛み締めるべき言葉であると思う。
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