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Thu, 21 November 2024

第35回 テロ対策と民営空港

ヒースロー空港の混乱

8月10日のテロ未遂事件以来、ヒースロー空港もようやく落ち着きを見せてきたようにうかがえる。この間、空港を運営する民間会社BAA(86年にサッチャー政権の下で従来の公団を民営化したもの)は、オペレーションを担当しない職員まで協力して手荷物の厳格な検査などを行ったが、利用者は非常に長い待ち時間と出発遅延、航空会社は出発便のキャンセルや遅延により年間7億ポンド(約1400億円)とも言われる大きな損害を被った。経済的にみれば、テロ未遂犯により引き起こされた社会的損失を利用者と航空会社がかぶった形である。

しかし、違った形での損失分担がありえたのではないかということが新聞で問題になっている。2001年9月11日のニューヨークや2005年7月7日ロンドンで起きた同時爆破テロ以来、BAがスタッフをもっと増強していれば検査は短時間で終了できたのではないか。そうした増強コストをBAAが被らなかった分が利用者と航空会社に押し付けられているのではないかというのが、BA(英国航空)などの意見である。その先には、BAAが独占企業だからこうしたことが可能なのであって、空港運営会社は複数で競争させるべき、免許の期限を設けるべきとの考え方がある。こうした意見に対しては、そもそもテロ未遂のような事件は予測不可能であり、そうした事態に備えて普段は不必要な人員を雇うことは民間会社には不可能だという反論がなされている。

論点は1)BAAの職員増強は不十分だったのか2)テロ未遂の再発は予測できなかったのか3)職員増強のコストを民間会社BAAが負うべきものか、である。

BAAのスタッフ増強

BAAは昨年収益を減らした。利用者数はテロもあってあまり伸びなかった一方で、免税店職員などの増加により人件費が拡大したことが響いている。BAAはウェブサイトで9月11日のテロ発生以来職員を1500人増加して警備体制を強化したと述べているが、職員の増加は警備要員ばかりではないし、また昨年のテロを受けて職員を急増させたようにも見えない。

BAAでは、そもそもヒースロー空港が利用者の急増に比べ手狭であることを認めている。「第5ターミナルが完成するまでは不自由をおかけする」としているが、手荷物検査ブースの増強や臨時職員増員の工夫の余地がないとは思えない。

テロ未遂の再発予測

いうまでもないが、今回の事件は昨年の7月7日のロンドン同時爆破テロ同様に英国生まれの英国人による事件であり、問題の根っこは英国社会そのものにある。このため、もう一度起こる可能性も十分ある。警戒を怠れないため、厳重な検査をやめるわけにはいくまい。にもかかわらずBAAは増員を打ち出してはいない。そうであれば混雑は続く。負担は航空会社と利用者に転嫁させられる。

スタッフ増強コストの負担者

民間会社BAAに、警備増強負担をそもそも求めることができるのか。すなわち、予想外の事態や災害に備えるのは政府の責任、税金で支出すべき事項ではないかという原点に立ち返ることになる。これはサッチャー政権やそれを継承したブレア路線の是非を問うことにもなる。鉄道会社の民営化は、鉄道運行とレール保有、メンテナンス会社を分離したことで大きな事故が起こり、失敗したと言われている。レール会社は、運行安全よりも費用節減で収益を上げようとしたため保守点検がおろそかになり、脱線事故が起こったとされている。

空港運用のような自然に独占にならざるを得ない業種を民間企業に任せると、滅多に起こらないような事態への対処は十分に行われないリスクがある。ではどうすればよいか。政府および民間の共同経営という案が出されている。英国得意のPPP*も一案だ。要は、政府の役割を民のすべての試みが失敗したときに限定し、そうした事態を先を読んで予測して備えることが求められている。ブレア政権の問題は、こうした先読みの不十分性と、テロの根っこにある社会格差に求められるのではないか。サッチャー・ブレア路線により、結局トータルで社会コストが節減できたのかどうか。市場原理導入先進国英国でも、その検証はまだ十分でない。

PPP*・・・・・・Public and Private Partnershipの略で、半官半民(官が出資し、民が運営するなど)でプロジェクトを遂行する経営形態のこと

(2006年8月31日脱稿)

 

Mr. City:金融界で活躍する経済スペシャリスト。各国ビジネスマンとの交流を通して、世界の今を読み解く。
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