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Sat, 23 November 2024

第9回 民主党のマニフェストを読んで──総選挙に寄せて

日本の総選挙が9月11日に行なわれるので、政権を狙う民主党マニフェストを読んだ感想を軸に、総選挙について思うところを書きたい。

民主党マニフェストの内容

8つの約束(下表)は、「政策各論」の中から目立つ内容を抜粋し、国民にPRすることを狙ったもので新聞などではこれがよく取り上げられる。

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「政策各論」まで読んで自分なりに整理すると、民主党マニフェストのポイントは、安全保障面では日米関係を主軸とした全方位、国連中心外交。経済面では構造改革の推進と政府の無駄遣いの抑制による増税なき財政再建と推察される。

しかし、小泉自民党との大きな違い、軸の違いが見えない。もちろん、イラクからの撤退、郵政改革も貯金預入上限を1000万から500万円に下げるなど、各論レベルでは違いがある。しかし、今日本にもっとも問われるべき安全保障問題と社会的な不平等の許容度の二点についてほとんど差がない。もっと正確に言えば、各論をよく読めば対立軸がおぼろげながら浮き彫りになっているのにそれを全面に打ち出せていない。

民主党マニフェストの独自色は、強いていえば政府の無駄遣いの洗い出しである。しかし、どこが無駄か具体的な指摘が少ない。そもそも無駄かどうかは先決できるものではなく、何をやりたいかに照らして判断するものである。政策面で自民党と各論的な差しかない以上、無駄の削減には限界がある。また、そもそも誰が見ても無駄遣いという支出があるとすれば、これは世界の一流国とは到底言えず、政策論争以前の極めて低次元な問題ということになる。

安全保障問題

この欄で繰り返し述べているように、日本は今、真に第二次大戦を終わらせるチャンスにある。台湾、北朝鮮問題は焦眉の急である。問題の肝は、日米、日中関係にある。もっと言えば、日米安全保障条約を維持するのかどうかである。「政策各論」では、アジア地域で2度と戦争を起こさないための東アジア共同体作りを目指す、日米同盟をアジア太平洋の公共財として維持進化させる、中韓とも関係改善する、国連安保理常任理事国入りを目指す、イラクから年内に撤退する、とある。いずれも各論的にはもっともである。しかし全部は両立しない。国際社会に良いとこ取りが受け入れられるであろうか。日米同盟を維持して、米国を除いた東アジア共同体ができるであろうか疑問がわく。

社会的な不平等の許容度──経済政策、政府の役割

右肩上りを前提とした日本の社会制度(特に公的な制度)を低成長、人口減少社会に見合うように直すこと、すなわち構造改革を行うことは、日本経済の活力維持のためには不可欠である。誰が見てもそう思うなら、構造改革自体は選挙の論点ではない。問題は構造改革の過程で市場原理の導入が多くなると、貧しい人が受けるサービスの質が低下する。このことが教育などで起これば、さらに貧富の差が拡大するのを放置するのか、どこまで、どういう形で是正するのか、いわば社会的な不平等の許容度とその是正における政府の役割如何が論点である。

こうした観点から民主党マニフェストを評価するのに、欧州の社会民主勢力の目指している第三の道をざっと見ておくと、70年代までの英国や北欧諸国においては強い労働組合による効率的な経済への阻害、国有化企業の非効率経営、高福祉による財政破綻などの現象があった。この改善を掲げ70年代後半からより小さな政府を標榜するサッチャリズムが台頭、加えて80年代から90年代にかけての共産主義の崩壊に伴い、旧来の社会民主政党は大きな路線修正を迫られた。路線再構築後の第三の道の最大公約数は、①計画経済を放棄し(国家が経済に介入・管理することをやめる)、政府の第1の役割はリスク管理、特に危機管理とする②市場経済の行き過ぎによる不平等拡大に対する是正(所得再分配を直接行なうのではなく、機会の平等を教育、職業訓練面などで確保する)③市民社会との連帯を強化(ボランティア、NPOサポート、企業の社会的責任の強調——特に地球環境面などで)、であろう。こうした動きが、サッチャリズムやネオコンのみならず、緑の党など単独論点のみに賭ける小政党に対するアンチテーゼとして90年代後半以降に拡大した。ブレア首相はその申し子と言え、英国総選挙の労働党マニフェスト前文でも、「政府の義務は、すべての人に機会と安全を与えること」とはっきり書いてある。

政府のリスク、危機管理という観点からは、「政策各論」にある、危機管理庁(テロ、災害対応)新設、がん医療情報センターの設置などは評価できる。しかし不平等拡大に対する是正として、障害者福祉政策の改革、小児科勤務医の大幅増加など個別論点は挙げられているが、是正をどういう理念で行なうのか、どういう方法で機会の平等を確保するのか、について理念が語られていない。機会の平等で足りるのか、結果の平等のために所得再分配を行なうのか、例えば、結果の不平等は甘受しつつも、各個人が機会の平等を得うるように、教機会や職業訓練機会へのアクセスを補助するのか、現在のIT技術などでそうした不平等をカバーできないのか(僻地での郵便サービス、医療サービスなど)といった論点について理念と具体性に欠ける。

さらに、細かい詰めのなさもある。例えば、3年間で10兆円歳出を削減するというが、その分景気は悪くなり、税収が落込むと8年での財政黒字は画餅に帰す。郵便貯金預入限度の減額で起こりうる、貯金部門で働く郵政職員の解雇について正面から論じていない。

岡田民主党党首が「日本は中間層の厚みが失われ、二極化が進んでいる」と党首討論で述べているので、惜しいところまできていると思うし、各論の着眼点も悪くないものの、理念が明確でないという点で中途半端である。党内での議論と大局を描く人材の不足を感じさせる。

今後の日本の政治

民主党マニフェストのみを取り上げたのは、小泉マニフェストは、民主党のそれ以上に理念の一貫性も、細部の詰めも不十分だからである。あるのは、郵政民営化など小泉首相の信念についての非常に具体的な個別論点と大多数の「頑張ります」式の具体性のない努力目標群である。自民党は追う立場になく、民主党が争点を明確にできていないことから、戦略としてはこれでも良いのかもしれない。かえっていくつかの具体的な信念のみの方が国民の頭には残りやすいだろう。その意味で、自民党の勝ちではないか。信念の方が、中途半端な理屈よりもアピールする。

しかし、自民党が勝ったとして、小泉首相には個別論点への対応しかない。しかもそれは来年9月の自民党総裁任期までで、まして小泉首相以外の自民党には、語るに足りる理念や政策が全くない。仮に民主党が勝ったとしても、理念レベル、具体論レベルでの党内での議論不足は必ずやマニフェストの実行を妨げる。まして参議院では与党が過半数である。いずれにせよ日本の政治は動乱期に入ったと思う。これが今回の解散のポイントである。経済の行詰まり、極東のバランスオブパワーの変化に鑑みれば当然だが、経済政策(社会的不平等の許容度と政府の役割)、安全保障政策(日米安保条約の見直しの要否)軸での政党再編は不可欠である。現時点での理念や思想レベルでの議論の決定的な不足は、民主主義未成熟の証拠であるが、そうも言っておられない。極東の客観情勢はいつまでも待ってはくれない。

(2007年9月5日脱稿)

 

Mr. City:金融界で活躍する経済スペシャリスト。各国ビジネスマンとの交流を通して、世界の今を読み解く。
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