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Thu, 28 March 2024

第82回 組織の緩慢な死

組織の死とその速度

最近、組織の死について考えることが多い。企業なら倒産、国家なら消滅または革命などによる既存の政治体制の崩壊、市場なら取引の激減による機能不全、日本の地方自治体ならさしずめ赤字団体への転落か。おおよそ永久に続く組織などありえないので、役割を終えれば資源の無駄遣いとならないように、さっさと解体してその資源をほかでより役に立つように再利用するというのが、経済の考え方である。そしてその解体作業は、市場に委ねるのが一番効率的であることが証明されている。市場価格によって組織の構成要素を売買し、その要素が購入価格以上の価値を上げられるように努力することで、社会全体としての効率性を高められるというわけだ。

このような考え方を具現化した企業のM&Aは、確かにここ数年にわたって非常に盛んに行われてきた。しかしそれでも全体から見ると、M&Aの対象となる組織はごくわずかである。まず国家や地方自治体では、倒産や部分売却は行われない。北朝鮮の延命、イラクやソ連の崩壊の例は、結局、内部革命か戦争でもないと、国家は簡単には崩壊しないとの事実を示している。90年代の中南米の債務危機でも国際通貨基金(IMF)が緊縮財政などで内政干渉したものの、政治体制が変革したわけではなく、結局は先進国の借金返済繰延が解決策となっている。大阪府の橋下知事の仕事振りを見ても、職員の生首を切ることはなかなかできないということが分かる。民主主義においては、時間をかけて少しずつ痛みを分けていくという方法が取られるのだ。

大き過ぎてつぶせない

サブプライム問題で大きな損失を被った金融機関も例外ではない。大きな金融機関をつぶすと、金融市場ではそれぞれの取引相手方の経営状況に対して疑心暗鬼が生じ、取引が極端に細ってまともな価格がつかなくなる。そうするとますます取引が細り、市場自身が機能を止めてしまう。こうなると元も子もないので、当局は大きな金融機関をつぶせない。

スイスに拠点を置く多国籍企業であるUBS証券やクレディ・スイス証券の資産は、合計で同国の国民総生産(GDP)の約7%をも占めるため、倒産するとスイス一国や世界の金融市場に大きな混乱が起こる。このためスイス当局は両社に厚い自己資本を持つよう要請したようだが、この方針もいわゆる小国における多国籍企業の監督問題で、結局「大き過ぎて管理できない、つぶせない(too big to manage, and fail)」という事態になっている。日本の不良債権問題のときも結局、ペイオフされた金融機関はなく、国の資金を注入しながら時間をかけた解体が行われた。都銀が11行から3行になったのも、こうした過程を経ていた。

資本主義と組織

中小企業は実際につぶれているではないか、という意見もあろう。しかし、バブル崩壊期に倒産手続によって処理された企業数は、銀行救済により延命した企業数の1割以下という統計がある。経済成長が著しいときは、V字型回復を狙って優勝劣敗で倒産企業が増えても経済全体が死ぬことはない。しかし景気下降期に大改革をすると、経済全体が衰えてしまうことがある。

組織の死のあり方とそれに至るまでのスピードは経済環境、政治環境、組織の性格によって一様ではない。ただ忘れてはならないのは、組織の解体は早く行えば良いとも限らず、一方で時間をかけて解体を行えば回復もそれだけゆっくりになるということだ。日本がバブル崩壊期に漸進的処理を選んだコストは、日本経済が未だに抱える構造改革問題という形となって表れている。サブプライム問題が発生した際、大きな金融機関をつぶさなかったことが、モラルハザードになることは確実と思える。

北朝鮮や、無駄遣いにまみれた自治体の延命コストは明白であろう。企業については倒産前後で価値の急激な変化が起こらないような倒産法整備や独占禁止法の強化による「大き過ぎてつぶせない」現象の回避、多国籍金融機関については国際倒産や国際独占禁止法の仕組みの検討、自治体については自治体倒産に関連した法制の強化、国家については国際的な制裁を含む市場メカニズムを阻害する要因の排除が真剣に議論されているのは、こういう文脈だと解する。

資本主義と組織の消長との関係とは結局のところ、国家や会社は何のためにあるのか、ネットワークという組織はどう位置付けられるのかといった社会哲学の大問題となろう。ホッブス、マルクスのようなスケールの大きな哲学者の再来が待たれる。

(2008年7月15日脱稿)

 
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Mr. City:金融界で活躍する経済スペシャリスト。各国ビジネスマンとの交流を通して、世界の今を読み解く。
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