エコノミック・ナショナリズム
最近の経済関係の新聞や雑誌で、「Economic Nationalism」英国の強みという言葉をよく目にする。要するに自分の国の大企業が他国の企業やファンドなどに買収されるのを、国家が反対して邪魔をするという現象が見られることを指している。いずれも大国が、自国企業が買われることに対して憂慮や懸念を表明し、許認可業種であればこれを拒否し、そうでない業種であれば自国内の他企業と合併させるなどして効率化させ、株価を上げ外国企業に買われないような斡旋を行っている。80年代の欧米の企業買収ブーム(日本のホリエモン騒動は20年遅れである)では、企業自身が買収されるのを嫌って防衛策を考えたが、今は国家や労働組合が買収に反対している。
一方で、こうした保護主義的な動きに対して、自由主義を掲げる英国のブラウン蔵相や単一市場を掲げるEU委員会は当然のように、適当ではないという意見表明を出している。また、WTO(世界貿易機構)などグローバリゼーションと自由主義を旗印とする国際機関も憂慮を表明している。経済のグローバリゼーションとそれに対する国家(英国を除く)の抵抗が、構図として見てとれる。
保護主義の理由
愛国主義といった感情の問題を別として、自国企業が他国の資本に買われると、どういう害があるのだろうか。よく言われるのは「国益」というものだが、買われる国の消費者にとっては、安くて質のよい品物やサービスを供給してくれるなら別に企業の資本家がどこにいるかは関係がない。買われる国の政府も、きちんと経営されれば、税収が増えその国の雇用も増えるのでむしろ好ましいとさえ言える。上の表を見ると、買われる企業の特色は業種としてはエネルギー、金融のような国民生活に大きな影響のある業種とその国を代表するような看板企業の場合が多い。中小企業やある特定の製品を作っているような会社については問題になっていない。
どうやら「国益」は、国民生活への影響度にありそうだ。ロシアからウクライナへのガス供給停止に見られるように、エネルギーを他国企業に握られては、安全保障にかかわるというわけである。また金融機関も他国資本では、他国経済の悪化時に経営が傾き、貸出を引き上げられてしまうというリスクを抱えることを嫌うのだろう。しかし、限りある商品でなければ、金さえあれば他国から買える。それがグローバリゼーションである。そうすると保護主義者が心配しているのは、買える金が稼げないという点で自国の産業競争力を心配しているのか、他国の嫌がらせで売ってもらえないリスクを心配しているのかどちらかしかない。手に入らないと、人間の生存にかかわってくるのがエネルギーと食糧である。自国に外貨を獲得するための主な産業がなく、外交も不安定なら国産愛用しかない。エネルギーに次いで食糧価格の値上がりが気になるところである(グラフ)。
英国の強み
英国では金融を除けば多くの企業の株主はもはや英国人ではない。電力会社もフランスの企業がある。英国は自国企業が他国資本に買われることに抵抗は少ないし、むしろ好ましい利点と考えている(いわゆるウィンブルドン方式)。
英国政府はどうしても民間ではできないインフラ整備と、世界中から資本を呼び込むための民間と帯同した営業活動のエージェントの役割を担っている。世界中で混乱が起きても、あちこちの国や地域に保険がかかっているので(米国との同盟、EUメンバー、英連邦、インドなどとの特別な関係を見よ)、どこかからエネルギーや食糧は買えるという自信がある。これが市場主義、自由主義を正面から主張できる強さを支えている。「グローバリゼーションは英国の強みを生かせること」とブラウン蔵相は先週演説した。もともと超大国として自国で何でも完結できる米国を別にして、表裏なくグローバリゼーションの利益を主張できる国は英国しかない。しかし問題はさらにその先にある。どの国も英国の真似はできまい。しかし、そもそも英国で暮らすことは幸せなのかどうか。人生観の問題とも言えるが、生活の質のレベルでの検討なしには生産的な議論はできまい。当然、次の疑問は、日本はどうなのかということであろう。
(2006年3月8日脱稿)
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