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Thu, 26 December 2024

第91回 9月の市場混乱から その5 ‐ ハーケンクロイツの足音

事態進展のスピード

9月入り後の金融市場の混乱は、市場関係者である我々の予想すらはるかに超えるスピードで進んでいる。サブプライム問題がくすぶり始めた去年の今頃からたったの1年で、主要株式市場の株価は半値。懸案だった米国の公的住宅ローン会社フレディ・マックやファニー・メイの破綻救済の後に投資銀行の整理が行われ、今や主要7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)において、大銀行への公的資本注入を各国が確約する事態となった。

これからは金融から実体経済、つまり金融以外で特に消費の冷え込みの影響を受ける企業の経営危機が問題になってくる。本欄で最初にサブプライム・ローンの影響が世界経済に及ぶと警告したのが昨年4月(第51回参照)だったが、1年半でそれが実現するとは、筆者の予想よりもやや半年早いペースだ。日本の不良債権問題発生から公的資本注入の枠組み作りまで10年かかったことを鑑みると、5倍以上のスピードで事態は進んでいることになる。

言うまでもなく、その理由はグローバリゼーションの下で資本が自由に世界中を移動できることと、ITの発展による情報、不安心理の世界的な均一伝播(ホモジニティー)である。自分の頭でリスクを考えず、格付機関の言うことを鵜呑みにした結果がこれでは金融のプロの名が泣くが、その責任も公的資本の注入でうやむやになる可能性が高い。


実体経済悪化の影響

今後は1929年の大恐慌に迫るほど、実体経済が悪化する可能性がある。またそこまで行かなくとも倒産が増え、景気は悪くなるので、各国政府が財政出動を余儀なくされることは確実である。

景気が悪化すると失業者が増加する。英国ではまず派遣従業員、移民層などから整理解雇が行われることになる。大陸と異なり、英米では労働市場も自由主義的なので、雇用調整は比較的容易である。ブラウン政権はこの動きに対して、雇用保険や失業対策の拡充を余儀なくされつつある。財政再建を棚上げする理由にはなるだろうが、財政についてのゴールデン・ルール(公的部門の借入を投資目的に限定すること)とサステナビリティ-・ルール(公的部門のネット債務残高の対GDP比を40%以下で推移させること)を定めた本人であるブラウン氏が、思いきった財政拡張策を取れるかどうかが注目される。9~10月にかけての保守党党大会でもそうした危機感が示されていたが、キャメロン党首の政策にも新味や大胆さがあったとは言いがたい。

またこの現象は、来るべき米国の大統領選や日本での総選挙においても論点となるのではないか。さらに欧州では財政政策と金融監督ともに各国頼みである現状から、EUの枠組みが問題視されることは確実である。アイルランド政府が預金の全額保護をしたことにより英国の預金がアイルランドにシフトしたように、各国の財政政策に対してEU全体のコントロールは現状難しい面があるので、EU自体の影響力は確実に弱まる。


市民社会が試されるとき

失業と政治不信が広がる中で何より筆者が懸念するのが、過激な政治的主張が多くなる可能性があることだ。大恐慌を背景に、ハーケンクロイツと呼ばれる鈎十字を紋章としたナチスが出現したことを想起されたい。ITの発展による情報、不安心理の世界的な均一伝播の下、自分の頭でリスクを考えていないのは、何も金融機関に限った話ではない。市民社会全体や各個人も例外ではないとしたら、どうなるか。

失業不安から生まれる治安悪化は必ず移民排斥の主張へとつながり、金融機関の国有化や財政出動拡大は国家の力を強化し、統制色を強める。また産業資本や金融資本に対する社会的弱者からのテロを正当化していく契機にもなる。欧州各国の極右、極左政治勢力が勢いづくのは間違いなく、現政権や中央銀行の失政を厳しく難詰することになるであろう。

今、グローバリゼーションの下で市民社会の成熟が試されている。米国とEUの政治経済力が弱まる中で、米大統領選挙が実施される。パクス・アメリカーナの終わりにあたってモンロー主義(不干渉主義)に米国が回帰すれば、極右、アルカイダなどがうごめくだろう。国家統制色を強めないで、金融機関経営者や政策当局の責任を問いつつ、金融秩序と景気を回復するという難事業に、市民社会がどう立ち向かうのか、ちょっとわくわくする問題ではないか。

(2008年10月11日脱稿)

 

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