ニュースダイジェストの制作業務
Mon, 15 August 2022

第92回 米国新大統領の重責

新大統領を迎える世界

この原稿が出る頃には、第44代の米国大統領が決定しているであろう。新大統領が直面している課題は、かつてないほど大きい。イラクとアフガニスタンの収拾がついていないこと、米国発の金融危機から世界的な景気悪化へと移行しつつあるのが確実なこと、基軸通貨ドルの信認が揺らいでいること。いずれもパクス・アメリカーナを支える軍事力と経済力の陰りを示している。

もちろん米国のIT関係の新企業群、グーグルやYouTubeなどは好決算を続けている。バイオテクノロジー関連のベンチャー企業数では米国が群を抜いていることからも分かるように、イノベーションは米国主導で進んでいるので、1年や2年でその覇権が大きく揺らぐということにはならない。けれども、ブッシュ政権8年を経て「米国の言うとおりにしていても、良いことばかりではないな」と世界は感じ始めている。共産圏の崩壊で、社会主義が失敗し、レーガン・サッチャーの新自由主義が一段落を迎えた。この間、新自由主義の下での米国民の浪費が新興国の工業的な勃興を促し、その結果エネルギーや食料価格が高騰、新興国の民衆自体も消費を始めることで地球環境問題が焦眉の課題となったのである。

共産主義でも新自由主義でもない、かつグローバルに貿易の利益が享受できて、環境問題に悩み、米主導ではない世界、これが新大統領就任の環境だ。20カ国財務省・中央銀行総裁会議(G20)の金融危機への対処などで済む話では当然ない。


金融市場の見方

今後を金融市場はどう見ているのか。為替は、新興国通貨(アイスランド・クローナ、韓国ウォンなど)<ユーロ≒ポンド<ドル<円という状況にある。ドルが高いのは、米国の金融機関が金利の低い円で資金を調達し、他の通貨に運用していたものを一旦ドルに戻しているからであって、決してドルが信認されているからではない。円高は日本の金融機関の痛みが少ないからであるが、日本の財政状況や景気が良い訳ではないので、長続きはしまい。ユーロ安は現在の金融危機における欧州金融機関の損失の度合いが不明確だから低い値をつけているのだが、いずれ盛り返すだろう。米国や中国経済の減速の影響を受ける新興国の通貨は、経済減速確実なので売られている。

結局、ドルに溜まった巨額の資金が行き場を失っている。金融を緩和したり、財政を投入したり、規制を強化しても、結局この金の行方が迷う限りは解決にはならない。だから市場は、政府や中央銀行の動きに敏感に反応してアップダウンを繰り返す。当面確実な投資は、変動(ボラテリティ)を商品としたオプションを買うことだ。こうした事態は、市場の安定を欠き、それがまた政府や中央銀行による目先の対処策を促してまた市場を揺らす。政府や中央銀行自体がプロシクリカル(景気振動の増幅促進的)な存在だということに、早く気付くべきだ。


新大統領のなすべきこと

政府介入や国際協調を単なる危機対応に終わらせるのではなく、何のためにするのかという哲学を改めて回復することが喫緊の課題と思う。当然、金融取引や金融機関の規制、為替の調整といった目先の取繕い政策では話にならない。第二次大戦後の軸は、米国による欧州と日本の復興のためのマーシャル・プラン、為替をドル本位制としたブレトンウッズ体制、ケインズ政策による経済安定だった。これに対峙する仕組みは何か。

300年前にフランス人政治思想家アレクシス・ド・トクビルが、米国躍進の鍵は、平等と民主主義、そして名実が揃う法の支配と述べている。いずれも今の米国が失ったもので、またその事実がベトナムやイラクで手痛い抵抗にあった理由でもある。軍事力に頼りルールを無視する米国を、もはや誰も信用していない。

所得格差を狭めるための経済政策、国際ルールを名実共に実効性あるものとすること、人々の進取の気風を阻害しないことといった近代そのものの普遍的価値を当たり前に実行するように働きかけることが今の米国には重要で、新大統領には、このことを強く期待する。ただこう書いてきて、経済が悪化すると、どうしても政府頼みになったり、他国に負担を押し付けたりという行為がまかり通るようになり、コスモポリタニズムを新大統領だけに求めるのは酷と思い至った。結局、欲望をコントロールして暮らすような倫理の確立こそ大切で、それは小生を含めた市井の人間たちにとっての課題と肝に銘じるべきであろう。

(2008年10月25日脱稿)

 
  • Facebook

Mr. City:金融界で活躍する経済スペシャリスト。各国ビジネスマンとの交流を通して、世界の今を読み解く。
JFC ゆめにしき
Embassy of Japan
バナー バナー バナー バナー

英国ニュースダイジェストを応援する

定期購読 寄付
ロンドン・レストランガイド
ブログ