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Thu, 21 November 2024

第145回 生活シーンから考える - 鷹と龍と象(その2)

パワー・ポリティクスの形

前回、米国と中国の政治経済力の拮抗、インドの台頭について書いた。極東情勢、特に朝鮮半島の情勢は、まさに日露戦争や第二次大戦前のパワー・ポリティクスの様相である。こうした中で、日々のニュースだけを見ても、日本に関する情報はどんどん少なくなっている。むしろ、宣伝などが上手な韓国のサムソンや現代自動車の情報や広告が目立つ。

日本は、経済専一の国としての運営をしてきたのだから、経済の一流性が相対的に小さくなっている以上、その分、扱いも小さくなるのは当然とも言える。経済大国としての発言権を前提とした上での外交を目指し続けるのかどうかについては、日本国内で議論がなされているが、内需の縮小を前にして、大企業の海外展開や、自治体も含めた国ぐるみの海外営業という以外に大した戦略もなく、政治の混乱は目を覆いたくなるほどである。

しかし、今回のパワー・ポリティクスの形は、第二次大戦前とは違っているとも感じる。何が違うのか。「市民」の存在を強く感じる。この言葉には、政治学や政治史では「国家や社会に流されない自立した人」という意味があるが、こうした額面通りの「市民」は、どの国でもそう多くは存在しない。しかし、たとえ市民がマスコミに影響され、プロパガンダ政治に翻弄され、迎合し、当局に踊らされる存在であっても、その市民の意向を、中国を含む時の政府、権力は無視できなくなっている。

市民の力の源泉

その理由は、まずは食えない人が非常に少なくなっているということである。衣食足りれば礼節を知り、政治に関心を持つようになり、自分たちの国や暮らしの在り方について発言したくなるのは当然である。女性、高齢者、学生など、従来は生産に直接携わっていなかった人が、社会に出つつも時間的な余裕を持つようになっている。

そしてより重要なのは、インターネットを含む情報通信技術(ICT)の発達によって、情報が世界へ広がる速度が非常に速くなり、またデータベースの大型化、電子回路の処理速度の飛躍的向上により大量の情報の保存とその迅速な取り出しが可能になったことである。権力や権威が、情報隔壁の価値を保つことはもはや不可能になった。日本の海上保安庁が記録した中国漁船衝突場面の撮影映像がYouTubeに流出したことも、昔ならば考えられないことである。

こうした情報の均てんはこれまで大きく世界を変えてきたし、今も同じように大きく世界を変える可能性がある。活版印刷の技術により、古代から中世に至るまでに書かれた多くの本が手軽に読まれるようになった中世には、修道院や大学、政治権力に独占されていたギリシャやローマの古典が広く読まれることで、15~16世紀のルネサンスを足元から支援する基盤となった。また聖書が普及すると、宗教改革が起こった。情報の流通経路の変化は、情報をコントロールしていた中間の媒介者を中抜きにする。政治的言論について言えば、中央政府、大企業、大学といったものの価値は、一気に低下しつつある。これまで媒介者にデッドストックされていた知が解放されると、市民は一段と力を発揮できる。

生活シーンからの発想

パワー・ポリティクスの次元でも、こうした状況を踏まえて、日本の外交や通商の在り方を考えていくべきである。単なる軍事力とか経済力が相対的に小さくなるというだけで、中国やインドとの交渉で弱腰になる必要はない。政治面では、人権や民主主義という普遍的な価値に対する圧政は、もはや市民が許容しない。こういう価値を害するような中国の主張に対しては、断固として対応すべきである。経済面でも、高齢化社会に対応した介護ロボット、夢かもしれないがタケコプターなど、市民 の生活のシーンを考えた製品やサービスこそ世界をリードするもので、そのヒントは、日本人の生活の中にある。生活の質については、欧州に一日の長があるように思うが、日本人の中にある簡素、正確、親切という美意識は、世界に通用するものだ。

市民の情報の共有もこうした認識の共通化に資するなら、企業の商品・サービスに反映できるし、ひいては大きな政治や外交の力になるだろう。生活シーンからの理念は共感を呼ぶ力がある。ただ、ICTが、煽情的な言説に迎合してそれを増幅させる道具として使われるだけならば、衆愚政治になる。結局、向こう三軒両隣の普通の人こそが、日本や世界の行方に大きく関わっていると強く感じる。

(2010年11月9日脱稿)

 

Mr. City:金融界で活躍する経済スペシャリスト。各国ビジネスマンとの交流を通して、世界の今を読み解く。
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