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Sat, 07 December 2019

第146回 「幸せですか」のその前に

幸福を測る難しさ

フランスのサルコジ大統領は、不平等についての研究を行うセン教授、金融仲介理論のステイグリッツ教授の2人のノーベル経済学賞学者を使って、幸せの定義についての研究をさせている。オバマ米大統領も3人の「幸せ専門家」を高官に登用した。英国ではキャメロン首相の意を受けて、国民統計局(ONS)が「Subjective Well-Being」と幸せを定義し、国内総生産(GDP)を超える、より広い、主観的な尺度の研究やアンケート調査を始めている。この調査では、「今幸せですか」と尋ねて、「Very Happy」「Happy」「Neither Happy nor Unhappy」「Unhappy」「Very Unhappy」の5択で回答を求めることで幸福度を測るそうだ。

南アジアの国家ブータンでは、GDPではなく、国民総幸福=Gross Domestic Happiness(GDH)を指標にしており、最貧国ながら幸福度は世界一だという。先進国は、今やどこも景気が悪い。英国に至っては、予算削減で景気が一段と冷え込む公算が高く、GDPのみで幸せを測るには、政治的には決して良い状況ではない。キャメロン首相は「GDPだけが重要ではなく、他の指標も見るべきだ」との訴えを、国民に耐乏を要請する道具に使うのではないかとの冷ややかな見方もある。

もとより幸福とは主観的なものであり、それを客観的に計測することは難しい。しかしながら、言うまでもないが、GDPだけで幸福を測ったり、政治的にも経済成長のみが課題となるというのも、真実ではない。では、どうすればよいか。主観的な分野についての集計を行う前に、まだするべきことが多く残されている。

まずはGDP統計の拡充

現在のGDP統計では、いまだ対象となっていない分野が非常に多くあることに注目したい。GDP統計は、国連で標準化作業が続けられているが、その精緻さや適用範囲は各国により異なる。例えば、通勤電車の混雑による不快感は計測外である。会社におけるハラスメントのような主観的なものを金銭的評価することも非常に難しい。ただ、そうした感覚や主観に関わること以外でも、時代の変化により金銭的評価をすることが適切になりつつあると考えられる活動や費用で、GDP統計には反映されていないものが数多くある。例えば、土地の価格を算出する際に、土壌汚染の処理費用は必ずしも加味されない。NPOによる無償活動は、GDPに反映されていない。主婦の家事労働も然りである。二酸化炭素(CO2)の排出による環境破壊も、定量化はなされていない(難しい問題であろうが)。

主観的な指標をいくつも立てることに貴重な資源を使うよりも、まずは、金銭的評価ができる事項について、統計化を試みることの方がより生産的と思う。

GDP統計拡充の効果

こうした基礎的な会計、統計の整備は一見地味に見えるが、世の中を大きく変える可能性がある。先進国の経済は行き詰まり、各国は低成長にあえいでいるが、こういうときは、基礎的な制度そのものが時代に合ったものであるかどうかを改めて検討することが、回り道のように見えて、結局は近道となる。

統計拡充の過程では、必ず世の中の実態を調べることになる。統計は過去の事実を示す。言わば、歴史の一つの再現方法である。また、世の中が多様化すると共に、統計を行う上で集計や平均だけでは十分ではなく、散らばりや個体の状況も合わせて調べる必要が出てくる。そのリサーチの過程が、世の中をあぶり出すことになる。

そして大事なのは、そうして世の中の実態を示す統計ができれば、対象となる商品、土地などへの市場での評価が変わるということだ。資本主義においては、このメカニズムは大きな効果を持つ。モノやサービスに適正な価格をつけることができるようになると、それまでの無駄を排除できる。価格変化は人々の行動を変えていく。だからこそ、統計は大事なのである。

英国の保守党と自民党の連立政権は、そしてもちろん労働党も、大きい政府か小さい政府か、NPOなどを社会の公的な役割に取り込めるかどうか、という抽象論をしているときではない。まして主観的な幸福を測るなどという不可能に挑むことなど意味がない。政府そのものが、きちんと社会変化を捉えた政策を立てるための情報収集を行い、その政策を国民に示しているかどうか、という当たり前のことこそ問われていると思う。

(2010年11月23日脱稿)

 
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Mr. City:金融界で活躍する経済スペシャリスト。各国ビジネスマンとの交流を通して、世界の今を読み解く。
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