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Tue, 10 December 2019

第153回 多元文化主義は失敗か

キャメロン首相の演説

キャメロン首相は、2月5日のミュンヘンでのスピーチで、国内の若いイスラム教徒が過激な理想主義に走る事例が相次いでいることを念頭に、「英国での多元文化主義は失敗した」と述べた。「(労働党政権による)多元文化主義国家の信条は、様々な文化がお互いに干渉せず、英国の主流を成す文化からも距離を置くことを推奨してきた。そうしたいわば隔離されたコミュニティーが我々の価値観と正反対の行動(例えば信教の自由の否定、男女平等の否定など)を取ることすら許容した」と発言。さらに、異なる価値観を無批判に受け入れる「受動的な寛容社会」ではなく、民主主義や平等、言論の自由、信教の自由といった自由主義的価値観を積極的に推進する「真のリベラル社会」を目指すべきだとの認識を示した。

その上で、イスラム教自身は、言論の自由や平和的な問題解決、民主主義を否定するものではないが、イスラム原理主義、中でもテロを容認する過激な導師とそれに感化される若者の過度の理想主義が問題だと述べた。また、イスラム教徒などの移民の貧困や失業問題が解決すれば原理主義は衰退するとの左派の考え方については、テロリストは大学院卒や中産階級の出身者が多いことなどを挙げて否定。労働党政権が、イスラム教徒の若者に対して英国社会への帰属感を感じさせるような英国社会のビジョン、あり方を示せなかったことこそが問題だと述べた。

多元文化主義の是非

労働党政権の多元文化主義が、受動的な寛容社会で、民主主義や平等、言論の自由、信教の自由といった自由主義的価値観を否定する考え方やテロリストまで許容していたというのはやや言い過ぎだと思うが、保守党らしい演説ではある。この議論の要点は、英国社会において、自由主義的価値観を否定する考え方を排除することで、イスラム教徒の若者に英国社会への帰属感を感じさせることができるのか否かということだ。結論から言えば、この考え方には疑問符が付く。

例えば在英のインド人を例に挙げる。彼らの中には集団で固まって住む者たちが多いが、学歴があって中産階級となった階層は、そうしたインド人の固まって住む地域から散らばって住んでいるように見える。他の人種との結婚も増えてきている。英国の国会議員となる例も見られる。もちろん、いわゆるガラスの天井があって、インド人はCEOや企業幹部にはなりにくいといった問題はある。ただそうした面を差し引いても、彼らのコミュニティーは、英国社会と価値観を共有し、同化が次第に進んでいるように見える。父親か母親がイスラム教徒であれば、当然子供は家の中において多元文化の中で育つことになる。

人権や民主主義は、人間の尊厳を大切にしつつ、議論を通じてより良い社会を築いていくという意味で普遍的な価値を持つものだと思う。この点、イスラム教は信教の自由を正面から認めてはいない。宗教問題が絡むと、人権や民主主義の普遍性は幾分か相対化される。家の中や社会で異文化の同化が進むためには、議論の応酬を繰り返したり最低限の人権を確保するだけでは無理がある。同じ飯を食うとか、一緒に住むとか、一緒の学校に行くとか、文化という次元をも越えた生活の同化、交流までが必要になる。言葉の定義の問題ではあるが、多元文化主義が、人権や民主主義を越えて、生活レベルでの相互尊重や交流を指しているのであれば、その主義を追求する意義がある し、社会への帰属感につながる。

非暴力という普遍的価値

イスラム教は、他教徒をテロにより排除することを許容しているわけではない。根本的には平和主義を掲げる。そう考えると、非暴力という価値こそ、人権や民主主義より一層、多元文化の中にある社会への帰属感を支える基底を成している。ガンジーの非暴力主義はここを捉えたものであり、インドのような宗教、人種、さらにカーストの対立が厳しいところでは、非暴力の一点でしか折り合えなかったのだろう。しかし、かなり強力な一点である。力によらないという意味で民主主義、人種尊重の第一歩だし、生活の大前提である。

英国はこの非暴力だけではなく、自由主義、民主主義という点でも北アフリカや中東諸国には厳しい態度を取っている。しかし、中国にもそういう態度が取れるのか。サイバー攻撃や監視も一種の暴力だとすれば、非暴力に一貫性が問われる。経済問題を絡めてもキャメロン氏の普遍的価値という看板のメッキが剥がれないのか要注目だ。
(2011年2月22日脱稿)

 
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Mr. City:金融界で活躍する経済スペシャリスト。各国ビジネスマンとの交流を通して、世界の今を読み解く。
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