第207回 霧の都とドッガー・バンク
シティ中心部にオールド・シーコール・レーンという小道があります。その名の由来は13世紀から英北部ニューカッスル地方の石炭が北海を通じてテムズ川支流のフリート川を上り、この場所で積み下ろされたのが背景といわれています。シーコールとは古英語で海を通って運ばれてきた石炭のことをいいます。ロンドンは古くから多くの石炭を消費してきた街。石炭の煙と自然の霧に囲まれた文字通り、霧の都です。
昔はここで石炭が荷下ろしされた
石炭の煙で思い出したのが、ウェールズ地方で採掘されるカーディフ炭。この石炭は炭素含有量が多く高熱量を発しますが、黒煙が出ないため無煙炭と呼ばれています。実は20世紀初頭の日露戦争でロシアのバルチック艦隊を破ることができたのは、こうした無煙炭のおかげといわれます。日本は大量の無煙炭を英国から購入できましたが、ロシア海軍は入手できず廉価で低品質の石炭を燃料に使ったため、軍艦の機動力に差が出たそうです。
炭素分が多い高品質の無煙炭
ロシアが無煙炭を購入できなかった理由は、1904年のドッガー・バンク事件にあります。満を持してバルト海から極東に向けて出発したバルチック艦隊は、途中、英国の東沖100キロほどにある北海の大陸棚ドッガー・バンクで、夜間に操業していた英国漁船を日本の水雷艇と誤認して砲撃してしまいました。漁民に死傷者が出て英国国民は激高。英国政府はロシアへの無煙炭や水の補給を禁止するよう関係国に呼びかけました。
ドッガー・バンクの位置
その結果、バルチック艦隊は燃焼効率の悪い廉価な石炭を大量に積むことになり、スエズ運河の喫水制限により通航できませんでした。艦隊はやむなくアフリカ大陸を南下、インド洋から日本海に向う7カ月もの長い航路をとりました。長い航海で船底には大量の貝が付着し航速が遅くなるうえ、吐き出される黒煙は艦隊の位置を敵に知らせることになりました。これでは日本との海戦に勝てるわけがありません。
洋上風力発電量が世界一になった英国
こんな歴史を持ったドッガー・バンクが実は現在世界から注目されています。世界最大の洋上風力発電施設が建設中だからです。30年前、石炭による火力発電が7割も占めた英国ですが今は2パーセント足らず。代わって洋上風力発電が急増し、ドッガー・バンク風力発電が完成する2026年には代替エネルギーが発電の5割超、2035年には全てを賄う予定です。
この30年で大きく変わった英国の電源
寅七さんのYouTube チャンネル「ちょい深ロンドン」の第12話「環境問題と身近な対策」も併せてご覧ください。
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