第292回 ロンドンの希望の群れ
シティの東隣、オールド・スピタルフィールズ・マーケットには「Herd of Hope」(希望の群れ)というタイトルで、敷地のあちこちに20頭の子ゾウと1頭の雌のリーダー、合計21頭の実物大の銅像が2021年から設置されています。当初は像を作った芸術家を応援する目的で同年に終わる予定でしたが、今もその展示が続いています。実は20頭の子ゾウはケニアに実在する孤児であり、子ゾウへの支援が求められているからです。
実物大の雌のリーダーの銅像
象牙は古くから工芸品や刀装具に使われており、今もゾウの乱獲が絶えません。特に雄雌ともから象牙の取れるアフリカゾウは絶滅の危機に瀕しています。1990年、ワシントン条約で象牙の国際取引が禁止され、その前年まで世界最大の象牙輸入国だった日本では、印鑑や着物の根付などに利用されていました。一方、アフリカ南部諸国は北部や中央部と違ってゾウの生息数が多く、農地被害も多いので取引きの禁止をあまり望みませんでした。
古くから日本の印鑑や根付は象牙製
そこで、絶滅の恐れの少ない個体群と位置づけられるアフリカ南部のゾウのうち、自然死した個体などから集められた象牙だけ日本に輸入されました。そして象牙から得られる収益が全てゾウの保全と生息地の地域住民の開発援助に充てられることになりました。ところが一方で、アフリカ北部と中央部ではゾウの密猟が絶えず、1日当たり平均50頭の大人のゾウが殺され、多くの象牙が中国や東南アジアに密輸されているのが現実です。
ゾウの密猟が絶えない
ゾウは群れで暮らし、家族の絆をとても大事にする動物です。もし、突然両親を失うと子ゾウはその傍から離れられず、高いストレスで死んでしまうケースがほとんどだそうです。ケニアの国立動物保護区の保護官と結婚したダフニー・シェルドリック氏はそうした孤児のゾウをふびんに思い、ゾウの孤児院を設立しました。ただ、すぐに直面した問題が野生のゾウの赤ちゃんに与える乳でした。ゾウは市販のミルクを飲んでくれません。
ゾウの親子の絆は固い
試行錯誤のうち、シェルドリック氏はココナッツ・オイルを混ぜた人口粉乳を発明し、ゾウの赤ちゃんを160頭以上、大きく育てては自然保護区に戻しました。さらにご主人亡き後、シェルドリック・ワイルドライフ基金を設立して孤児のゾウの支援網を国際的に広げました。スピタルフィールズにある20頭の孤児のゾウにはそれぞれ名前が付けられており、寄付をしてその里親になることも可能です。ケニアのゾウが絶望の群れとならないよう、ロンドンからケニアに向けて希望の群れを送り出したいと思います。
シェルドリック・ワイルドライフ基金が支援する孤児のゾウたち
寅七さんの動画チャンネル「ちょい深ロンドン」もお見逃しなく。