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Fri, 29 March 2024
2つの「白鳥の湖」を徹底比較

 

古典バレエの伝統を受け継いだ世界最高の舞台
ロイヤル・バレエ団編

世界一の演劇性を持ったバレエ

古典バレエ不朽の名作といわれる「白鳥の湖」だが、1877年の初演時は大失敗に終わり、この時初めてバレエ音楽を手掛けたチャイコフスキーは長いこと失意のどん底にいたという。この作品が世界的評価を得るのは、彼の死後1895年に巨匠プティパとその高弟イワーノフによる改定版(原典版)が上演されてからのこと。そしてこの冬ロイヤル・バレエ団が上演するのが、この原典版を元にした人気バージョン。2幕の湖畔の場、4幕の昇天場面を美的・幻想的にまとめると共に、シェイクスピアの国である英国のバレエ団作品らしく、演劇性も十分に織り込んでいるのが特徴である。バレエ観劇に詩的な情緒と思わずうっとりしてしまうような美しさを求める人には、ぜひともお勧めしたい。

 

王子の成人を祝うパーティー

あらすじ:舞台では、王子ジークフリートの成人を祝う祝賀会の最後の準備が行われている。親友のベンノや家庭教師ら気心の知れた仲間と酒を酌み交わしほろ酔い気分の王子の前に、母である王妃が登場。王子をたしなめると共に、明日の夜の舞踏会で花嫁を選ぶよう言い残して去っていく。夜空を見上げると白鳥の群れ。愛無き結婚という現実に心沈ませる王子を慰めようと、ベンノは王子を白鳥狩りに誘う。王子とベンノ、仕官候補生の若者たちは、弓を手に夜の森を抜けて湖に向かう。

見所:ロイヤル・バレエ版1幕の見所は、群舞(村人たち)によるワルツだ。群集が醸し出す熱狂、陶酔の見事な視覚化にご注目頂きたい。

 

夜の湖畔にて運命の出会い

あらすじ:悪魔ロットバルトの呪いにより昼の間白鳥に姿を変えられているオデット姫が、美しい娘に戻る場面を王子が目撃。呪いを破るには1人の男性が彼女へ永遠の愛を誓い、それを貫かねばならないという。夜明け前に互いへの愛を確信する2人。だが朝の訪れと共に、オデットは再び白鳥に姿を変えられロットバルトに連れ去られる。

見所:作品中最も有名な場面である王子とオデットのロマンティックなアダージョ、バレリーナ4人が手を組んで踊る「4羽の白鳥の踊り」などの見所をじっくり鑑賞したい。主役を踊るバレリーナには女優としての資質や、白鳥を彷彿とさせる腕の動きが要求される。

バレエ豆知識「グラン・フェッテ」って何?

19世紀の初演時、白鳥と黒鳥は別々のバレリーナによって踊られていたが、今では一人二役となることが多い。清純で詩情に富んだ踊りを見せるオデット、グラン・フェッテなど派手な技巧を披露する魔性の女オディールの踊り分けが演技者にとっては最大の課題、また見せ所となっている。

 

黒鳥オディール登場

あらすじ:王妃は候補者の中から花嫁を選ぶよう言うが、王子は拒否。するとロットバルト卿と名乗る人物が黒い衣装を身に着けた娘オディールを連れて現れる。魔術にかかった王子には、背後の鏡の中で恐怖に震えるオデットの姿が目に入らず、黒鳥オディールをオデットと信じ、永遠の愛を誓ってしまう。正体を現した悪魔とオディールは、王妃と王子を嘲笑して去ってゆく。オデットを心配する王子は再び湖畔へと走る。

見所:主役2人のウルトラC級技術に注目。オディールが見せる旋回技グラン・フェッテ、王子が披露する大きな跳躍など見所は多い。主役バレリーナが清純なオデットと悪魔的なオディールをどう踊り分けるかも必見。

 

湖畔にて昇天

あらすじ:王子の裏切りにより2度と人間の姿に戻れないと知ったオデットたちは、悪魔ロットバルトの魔力に翻弄され、稲妻光る夜の湖畔で悶え苦しむ。王子は愛するオデットに許しを請うが絶望したオデットは湖に身を投じ、王子もまたそれに続く。2人の愛の強さに打たれた悪魔は力を失い、オデットと王子は死して天国で結ばれる。

見所:この幕では衣装とセット、照明効果の美しさを堪能しよう。雷光が鈍く光る夜の湖畔と、そこで群舞の白鳥たちのチュチュが醸し出す深いグラデーションの色彩美は必見。昇天シーンのセット、効果の美しさにおいて、ロイヤル・バレエ版「白鳥の湖」は、世界の様々なバーションの中でもトップ・クラスの美しさを誇っている。

バレエ豆知識「グラン・フェッテ」って何?

19世紀の初演時、白鳥と黒鳥は別々のバレリーナによって踊られていたが、今では一人二役となることが多い。清純で詩情に富んだ踊りを見せるオデット、グラン・フェッテなど派手な技巧を披露する魔性の女オディールの踊り分けが演技者にとっては最大の課題、また見せ所となっている。

 

ロイヤル・バレエ団のプリマ
タマラ・ロッホに聞く

5歳の時からバレエを始めた私が、生まれて初めて観たバレエ作品が白鳥の湖でした。2幕まで観た時点で既にもう「バレエって何て美しいのかしら」と、感動してしまったんです。でもまだ子供だったので、3幕になるとなぜ同じバレリーナが黒鳥になるのか、急に違う人格になってしまうのか、その時は分からなかったのだけれど。

バレリーナにとって、古典作品は一生を通じて極めていく永遠の課題。その中でも白鳥の湖は、私にとって特別な意味を持っています。女性の中に潜む2つの異なった魅力である清純さ(2幕のオデット)と邪悪さ(3幕のオディール)を表現できること、また私自身がフェッテやピルエットといった旋回技が得意なので、3幕においてそういった技を披露できる技術的な見せ場が多いことなどが理由です。

マシュー・ボーン作品については、男性ダンサーに「白鳥」という役を踊るチャンスを与えた発想が素晴らしいと思います。主役を踊る1人、トム・ホワイトヘッドはロイヤル・バレエ出身のダンサーで、実はとても仲良し。彼がどんな「白鳥」を踊るか、今からとても気になりますね。

 

公演情報
ロイヤル・バレエ「Swan Lake」

2007年2月3日(土)12:00、10日(土)19:00、2月7日(水)、16日(金)、17日(土)、20日(火)、21日(水)、27日(火)19:30


Royal Opera House

Bow Street, Covent Garden, London WC2E 9DD
最寄駅: Covent Garden
チケット: 4〜87ポンド
Tel: 020 7304 4000
www.royalopera.org

 
 
「バレエを観てみたいけど、楽しめるのか不安。それにまず何から観たらいいの?」という皆様。この特集では、ビギナーから玄人ファンまで大満足間違いなしの2つの「白鳥の湖」を取り上げ、ご紹介いたします。左頁は年齢を問わず楽しめる英国バレエ界最高峰のロイヤル・バレエ版。右はトレンドに敏感な若者から舞台芸術にうるさい熟年層をうならせる鬼才振付・演出家マシュー・ボーン版。それぞれのあらすじと見所をまとめたこのマニュアルを手に、是非一度劇場に足をお運びください。(茉莉・あんじぇりか)
 
前衛的な試みとエンターテインメント性に溢れた
マシュー・ボーン編

男性が演じる凶暴な白鳥で人気に

1995年の初演以来、ウエスト・エンドとブロードウェイでバレエ作品としては異例のロング・ランを記録。英ローレンス・オリビエ賞、米トニー賞ほか数々の賞に輝き、世界中で大ヒットした話題作である振付・演出家マシュー・ボーンの「スワン・レイク」が、この冬12年ぶりに初演地サドラーズ・ウェルズ劇場に舞い戻り、6週間の凱旋公演を行う。ボーンを一躍有名にし、アダム・クーパーやウィル・ケンプといった主演ダンサーを世界的スターにしたこの作品で、主役と群舞の白鳥を踊るのはすべて男性ダンサー。「白鳥の中に潜む凶暴性を表現できるのは男性ダンサーだけ」と語るボーン版の魅力とその見所とは一体何だろう。前衛的な芸術を愛する人、既存のバレエを退屈と感じてしまう人には是非見て欲しい。

 

奇妙な舞台設定で幕開け

あらすじ:作品の舞台は、1950〜60年代の英国を思わせる王国。まだ美しく女っ気充分の女王が君臨するその国には、チャールズ皇太子によく似た海軍礼装姿の王子がいて、王室にそぐわないガールフレンドを連れている。やがて女王、王子ほかロイヤル・ファミリーご臨席の劇中劇が始まり、古色蒼然としたバレエが笑いを誘う。そして場面は一転60年代風ナイト・クラブへ。口論の末ガールフレンドと別れた王子はクラブの外で1人孤独に陥る。

見所:まずは鬼才ボーンによる風刺の効いた舞台構成に着目したい。またやはりこの作品で世界的評価を得たデザイナー、レズ・ブラザートンによるカラフルなセットと衣装も一見の価値あり。

バレエ豆知識・いまだ進化する舞台

演出家マシュー・ボーンはほとんど毎晩自分の舞台を鑑賞し、新しいアイデアを得ては舞台を微調整していくという。米国、日本、フランスほか、世界を放浪して12年ぶりに初演の地に戻ってきた今回の作品にはどんな新しい工夫が施されているのか、ファンの注目が集まっている。

 

夜の湖畔にて運命の出会い

あらすじ:舞台はハイド・パークを思わせる夜の公園の湖のほとり。「鳥にエサを与えないでください」という看板が観客の笑いを誘う。生きることに疲れ絶望した王子は、そこですべて男性のみが演じるたくさんの白鳥に取り巻かれる。薄闇の中、群れをなし鋭い目付きと攻撃的な様子で王子を取り囲む様は圧巻だ。王子はここで1羽の白鳥と出会い、孤独を癒され愛さえ感じるようになる。

見所: ボーン作品「カルメン」で性的魅力溢れる主人公を演じ人気沸騰したアラン・ビンセントと、ロイヤル・バレエを休団して出演するトム・ホワイトヘッドの主役2人の妖艶な「白鳥」をたっぷりと堪能しよう。

 

同性愛を匂わす危険な展開

あらすじ:ロイヤル・ファミリーの面々がお洒落ないでたちでパーティーを楽しんでいる。ロイヤル・バレエ版の悪魔ロットバルトに相当するのは、女王と愛人関係にあるらしい男性秘書で、どうも王子を陥れようと企てている様子。そこに一人危険な魅力を漂わせた男=ストレンジャーがシルクの黒いシャツの胸をはだけ、黒いレザーのパンツ姿で登場。女王や王子を含む全パーティー出席者を挑発、誘惑する。王子はストレンジャーの虜となるが、男女構わず挑発する彼に耐えられず、深く精神を病んでしまう。

見所:主演ダンサーが、ダンス技術とカリスマを振るって挑む最大の見せ場が3幕。大きな跳躍や女王役へのサポート技術、群舞を率いて踊る際の音楽性に注目したい。また黒を基調とした衣装とセットも見所。白を基調とした2、4幕と対照的に、多色使いで視覚的アクセントをつけている。

バレエ豆知識・危険な魅力の登場人物2名

作品中最も魅力的な登場人物といえば、やはり危険な誘惑者ストレンジャー。今回ご紹介したアラン・ビンセントは、主役のスワンとストレンジャーを踊っていない日は、もう1人の危険な人物である男性秘書役として出演。いつ観に行っても劇場で彼に会えるという。

 

悲劇のエピローグ

あらすじ:王子は精神病院に幽閉されベッドに横たわっている。そんな彼の妄想か、たくさんの白鳥の群れが現れ王子を責めさいなむ。1羽の白鳥が王子を守り救おうとするが、凶暴な白鳥の群れに阻まれ傷を負ってしまう。翌朝ベッドの上で狂死している王子を見つけ嘆く女王の姿がある。舞台後方ベッドの上に1羽の白鳥が現れ、子供時代の王子を抱きしめ嘆き悲しんでいる。。

見所:この幕では衣装とセッT刺ト、照明効果の美しさを堪能しよう。雷光が鈍く光る夜の湖畔と、そこで群舞の白鳥たちのチュチュが醸し出す深いグラデーションの色彩美は必見。昇天シーンのセット、効果の美しさにおいて、ロイヤル・バレエ版「白鳥の湖」は、世界の様々なバーションの中でもトップ・クラスの美しさを誇っている。

 

マシュー・ボーン版主役
アラン・ビンセントに聞く

8歳の頃、小学校の先生が「アラン君は才能があるから、ダンスの道に進むべき」と、両親を説得してね。その後モダン・ダンスの道に進んだんだ。ダンサーになるためには基礎となる古典の勉強も必須だから、もちろんバレエも習ったよ。

マシューとは1997年から、もう10年間も仕事をしている仲なんだ。彼の舞台に関わるようになったきっかけは彼が演出する「白鳥の湖」を観て、作品の素晴らしさに心打たれたから。今ではその「白鳥の湖」で主役を務めているけれど、始めは白鳥の群れの1羽としてスタートしたんだよ。

この舞台で主役を踊る醍醐味は、2幕の詩的な舞台で「白鳥」=動物、3幕でセクシーにして危険な魅力を持つストレンジャー=「人間」の2つを演じ分けて踊れること。今回は、僕とロイヤル・バレエ出身のトム・ホワイトヘッドが主役を踊る。2人とも役へのアプローチと肉体表現が全然違うんだ。だから作品の雰囲気も面白いぐらい違ってくるね。ロイヤル・バレエ版の白鳥の湖は、古典バレエの代表作。美しい作品だと思うよ。ただボーン版に自信があるだけに、何か物足りない気持ちを感じてしまうというのが正直なところかな。

 

公演情報
マシュー・ボーン「Swan Lake」

2006年12月13日(水)〜1月21日(日)19:30(月は休み、12月24日(日)、31日(日)は14:30マチネのみ。(公演日時については直接お問い合わせを)


Sadler's Wells Theatre

Rosebery Avenue, London EC1R 4TN
最寄駅: Angel
チケット: 13〜48ポンド
予約: 0870 737 7737
www.sadlerswells.com

 
 
 

ティアラと呼ばれる髪飾りやチュチュを身につけて、プリンセスや妖精を踊るプリマ・バレリーナたち。そんなきらびやかな彼女たちの等身大の姿を捉えようと、ロイヤル・バレエ団女性プリンシパルであるタマラ・ロッホさんの舞台裏を取材しました。

午前中から公開リハーサルに出演

バレリーナの1日は、通常10時30分頃から1時間半行われる朝の団員クラスから始まる。ダンサーたちは思い思いのレッスン着で、男女に分かれてスタジオに集合。指導者の指示の下、バーを手にしながら膝や股関節、足、爪先のウォームアップをする「バー・レッスン」から始まり、続いてバーから離れ、旋回技や跳躍、踊りのステップを練習する「センター」と呼ばれるお稽古が行われる。11時30分、フレンド・オヴ・コベント・ガーデン(バレエやオペラ愛好家による友の会組織)のメンバーを観客に、公開リハーサルが始まった。タマラは入団2年目にして注目を浴びる大型新人のマクラエを相手役に27分の抽象作品を踊り抜き、観客から温かい拍手をもらった。

◇バレリーナたちのスケジュール

主役バレリーナが舞台を務め終えるのは夜22時30分頃。メイクを落とし、シャワーを浴び楽屋口を後にするのは23時を回る。さらに楽屋口で待っていてくれている熱心なファンにサインをするなどしていると、家に帰り着くのは深夜。心身ともに舞台の興奮から冷めやらぬため、就寝時間は1〜2時になることが多い。だが、どんなに遅く眠りにつこうとも、日曜日以外は翌朝10時半からレッスンに出なければならない。本誌編集部が取材した日は、「現代バレエの夕べ」世界初演の前日。朝11時30分から同作品の最終調整である公開リハーサルが行われるとあって、団員クラスも通常より早く行われた。ちなみにロイヤル・バレエに所属するバレリーナたちは、コベント・ガーデンのロイヤル・オペラ・ハウスの最上階にある3つのダンス・スタジオで練習を行っている。ここでバレエ団の団員たちが男女に分かれてウォーム・アップを行う団員クラスや、作品の振付を習うスタジオ・リハーサルに励むのだ。

◇難解な抽象作品に挑戦

艶やかな美貌と、高い舞踊技術、女優としての資質で、ロイヤル・バレエを代表するバレリーナとなったタマラ。彼女はスペインのマドリードでバレエ教育を受け、94年パリ国際バレエ・コンクールで金メダルを受賞、ロイヤル・バレエに移籍して6年が過ぎた。「白鳥の湖」「オネーギン」といった物語性のあるバレエの主役に優れ、また得意の旋回技を駆使する「ドン・キホーテ」のキトリ役も圧巻。そんなタマラが、この日は物語を語らぬ現代作品に挑戦していた。新作「クローマ」では、ダンサーに身体能力を極限まで駆使させる難解な動きが要求される。ロイヤル・バレエの団員の中で一体何人がこれを踊りこなせるのだろうか?公開リハーサルは14時まで続くが、13時から14時30分まで「眠れる森の美女」のスタジオ・リハーサルの予定があるタマラは楽屋に戻り、衣装を脱いでしばし休憩。拍手をもらったものの「自分は難解な抽象作品には向かない」とやや納得がいかない様子。


他のスターたちとの合同練習

13時になると、茶色のレオタード、お稽古用チュチュ、レッグ・ウォーマーに着替え再び最上階へ。この階に設置された大きなスタジオには、タマラと彼女が師事するアレクサンダー・アガチャノフ先生、相手役のカルロス・アコスタとピアニストの4人が集まっていた。ロイヤル・バレエに所属するバレリーナの中で最も大きなスター性を持つタマラは、バレエ団きっての男性スター、カルロスとの共演が多い。女性的魅力あふれるタマラを、その大きな包容力で受け止めるカルロス。ウルトラC級美技の掛け合いも、2人を観に行く大きな楽しみの一つだ。そんなスター同士でありながら、おごったところのない2人によるリハーサルは、始終和やかに進む。動物的な勘と身体能力を備えるカルロスは、リフトや女性のサポートにも優れ、先生はダメ出しする必要がないほど。

◇先生との一対一での指導

男女で踊るパ・ド・ドゥのリハーサルが済むと、カルロスがスタジオを後にした。1人になったタマラはアガチャノフ先生と1対1でソロのリハーサルを始めた。アガチャノフ先生は、ソビエト時代のロシアと欧米で活躍した元ダンサー。教師としては、かつてロイヤル・バレエに在籍した風雲児、熊川哲也を始めとする男性ダンサーを育て有名にした。タマラと先生は、互いを尊敬しあう間柄のよう。先生は、アーティストであるバレリーナの個性や自主性を大切にしながら、ソロを踊るタマラに、ちょっとしたアドバイスを与えていく。タマラは相当努力家のようで、当日先生から何度も「頑張り過ぎ」と指摘されていた。当日リハーサルしていたオーロラ姫役は、古典作品中バレリーナにとって最もハードな役といわれており、登場直後に跳躍やバランスの妙技を次々と披露しなければならない。最後は先生を相手役に、主演バレリ−ナがバランスの強さを見せるローズ・アダージョをおさらいした。

◇華麗な演技の裏にある厳しい練習

朝早くからの団員クラス、直後に身体能力を極限までふるって挑戦した新作の公開リハーサル、その後に続いたマンツーマンの練習。汗をぬぐい、息を切らせ、時に水分を補給しながらも1分たりとも休むことなく、限られた時間に完全燃焼しようとするタマラ。小さな頃から日々レッスンをして手に入れたスターの座は、汗と努力、食事制限などの節制なしには守れないという厳しい現実。心底踊りが好きで、様々なことを犠牲にできる覚悟ある者だけが極められるプリマ・バレリーナという職業。ステージの上で可憐に微笑むバレリーナの毎日が、こんなにも激しいものだったとは。


ささやかなプライベートの時間

14時30分にリハーサルを終えると、楽屋でインタビュー。1日のうちのほとんどを劇場で過ごすバレリーナにとって、楽屋はとてもプライベートな空間だ。タマラは楽屋を先輩プリマのリアン・ベンジャミンとシェア。と言っても、2人が同じ日に舞台に立つことはまずないから、夜はほとんど1人で過ごせる。取材当日の午後も楽屋に先輩の姿はなく、タマラは窓際の自分のコーナーでリラックス。壁には大好きな有名闘牛士エル・フリから貰ったサイン入り写真や、北斎の浮世絵絵葉書などカラフルな写真がたくさん貼られている。

◇山のように積まれたトゥ・シューズ

鏡の上の前にはメイク道具やぬいぐるみが置かれ、棚にはたくさんのトゥ・シューズが山と積まれていた。バレリーナは自分仕様のトゥ・シューズを特定のメーカーに作らせている。ただ同じ木型から作ってもらっても微妙にフィットが異なるため、1足ずつ履き、最も足にフィットする物を選び出し、練習用と本番舞台用に分け、様々な工夫をほどこすのも仕事の一つ。練習中や本番中滑らないように爪先部分を糸でかがったり、立ちやすいよう、足の甲のアーチが美しく見えるように靴の内部の中敷きを切りとったり。これは舞台やリハーサルでどんなに疲れていようと、他人には任せられない孤独な作業だ。ちなみに休日は日曜だけ。タマラのような有名バレリーナは、バレエ団が休暇に入る夏も海外に招かれ踊るなど、1年を通じて休みはほとんどない。それでも様々な作品に挑戦できる今を楽しんでいる、と語る。

◇控え室で語ったタマラの言葉

海外公演でオーストラリアに移動中、機内で高熱を出し、着陸直後病院に運ばれたことがあったという。トゥ・シューズを履いて踊ることによって痛んだ爪先から感染症にかかったのだ。家族やバレエ団の仲間から引き離され、たった一人高熱にうなされ、その後、足を手術。術後は再起不能の可能性も告知された。スペインに戻りバレエ学校時代のフィジオ・セラピストとの長期リハビリの末、カムバックしてからは小さなことを気に病まなくなった、と語る。故障前は忙しい日々の中で、「踊ることが自分にとってどんなに大切か」忘れかけていた。それを思い出した今、子供の頃から憧れたバレエの世界で、今夜もまた主役を踊ることができる幸せは何にも代えがたいのだから。

 

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