英国各地の風景とともに味わう 声に出して詠みたい英国の詩
「詩を詠む」というと、とても高尚な行為のように聞こえるかもしれない。しかし本来、詩は音楽と同様に、特別な知識がなくても気軽に楽しめるもの。今回は、長い冬を越えて、やっと迎えた英国の春を謳った詩の数々をご紹介する。美しい詩の一篇を暗誦して、英国人を驚かせよう。
*英詩の名作というと、日本では古語や独特の韻文調を使って訳されることが多くありますが、本特集では出来るだけ多くの方に英詩の魅力を知ってもらおうと、原典を一部省略した上で、現代語に近付けた編集部オリジナルの口語訳を掲載しています。ここで紹介した詩の多くは、既に第一人者が手掛けた名訳が多数そろっていますので、ご興味のある方はぜひそちらもご参照ください。
春を謳う編
London
春になり多くの花が満開のときを迎えたロンドンのキュー・ガーデン
Kew Royal Botanic Gardens Kew Richmond, Surrey TW9 3AB
TEL: 020 8332 5655 www.kew.org
Pipa's Song
The year's at the spring,
And day's at the morn;
Morning's at seven;
The hill-side's dew-pearl'd;
The lark's on the wing;
The snail's on the thorn;
God's in His heaven-
All's right with the world!
ピパの歌
ある春の朝、午前7時。
ここから見える丘の斜面は
露でいっぱい。
空にはヒバリが飛んでいて
カタツムリは木の枝の上を這っている。
雲の上には、神様が隠れているのかな。
やっぱり私は、この世界が大好きなんだ。
Robert Browning
ロバート・ブラウニング
1812-1889
ロンドン生まれの桂冠詩人。様々な主観を客観的に語るための「劇的独白」という手法を生んだ。この詩は、「ピパが過ぎゆく」という劇詩の中の一篇。「ピパ」は、同作品に登場する少女の名前。日本では「春の朝」という訳題で知られる。
London
バッキンガム宮殿近くのセント・ジェームズ・パークは、春には一斉にその景色を変える
St James's Park St James's Park London SW1A 2BJ
TEL: 0300 061 2350 www.royalparks.org.uk/parks/st-jamess-park
Spring
Sound the flute!
Now it's mute.
Bird's delight
Day and night;
Nightingale
In the dale,
Lark in sky,
Merrily,
Merrily, merrily, to welcome
in the year.
春
さあ、フルートを鳴らそう!
まだまだ聞こえないよ
鳥たちは昼も夜もにぎやかな様子だ。
ナイチンゲールは谷間の中で
ツグミは大空の下で
元気に歌っている。
そう、元気が大事。
このまま元気に今年の春を
迎えようじゃないか。
William Blake
ウィリアム・ブレイク
1757-1827
ロンドンのソーホー地区に靴下商人の息子として生まれる。詩作だけでなく、銅版画家、挿絵画家としても活躍。幻想的な詩を多く残して、英国ロマン派詩人の先駆けとなった。本作「春」では、文末が2行ごとに韻を踏んでいるのが分かる。
Margate
T.S エリオットが妻と過ごしたマーゲイトのノースダウン・パークには、紫色の花が咲く
Northdown Park Margate, Kent CT9 3TP
The Waste Land
April is the cruelest month,
breeding
Lilacs out of the dead land,
mixing
Memory and desire, stirring
Dull roots with spring rain.
Winter kept us warm, covering
Earth in forgetful snow, feeding
A little life with dried tubers.
荒地
4月はもっとも残酷な季節である。
なぜってライラックの花をわざわざ死ん
だ土から引きずり出して
記憶と欲望をごちゃまぜにした挙げ句に
春の雨でお休み中の草の根を叩き起こそ
うとするのだから。
冬は良かった。私たちを守ってくれた。
地面なんか雪で蔽ってしまい、
干からびた球根で、なけなしの命を
養おうとしてくれていたんだ。
T.S Eliot
トーマス・スターンズ・エリオット
1888-1965
米国ミズーリ州に生まれる。1927年に英国人として帰化。神経衰弱に陥った妻の世話で心労を重ねたと言われている。本作は「荒地」の第一部「死者の埋葬」からの抜粋で、妻を連れてイングランド南東部ケントの保養地マーゲイトに赴いたときに書かれたもの。
Lake District
湖水地方の玄関口にあたる、カンブリア州のウィンダミア湖を望む
Windermere, Lake District www.visitcumbria.com
Daffodils
I wander'd lonely as a cloud
That floats on high o'er vales
and hills,
When all at once I saw a crowd,
A host of golden daffodils,
Beside the lake, beneath the trees
Fluttering and dancing
in the breeze.
水仙
まるで谷や丘の上を浮かぶ雲のように
僕は彷徨っていた。
そうしたら突然、金色に輝く
水仙の花を見つけたんだ。
それは湖の側で、木々の下で、
そよ風に吹かれながら揺れたり、
踊ったりしていた。
William Wordsworth
ウィリアム・ワーズワース
1770-1850
イングランド北部の湖水地方に生まれる。同地域の自然を自身の思いと重ねて描いた作品を数多く残したため、「湖水詩人」と呼ばれた。本作は英国の春の訪れを告げる花、水仙を謳ったもので、英国人であれば誰もが知るほど有名な詩の一つ。ワーズワースの代表作となった。
Stratford-upon-Avon
春の日が差すストラトフォード・アポン・エイボンにあるシェイクスピアの生家
Shakespeare's Birthplace Henley Street, Stratford-upon-Avon CV37 6QW
TEL: 01789 204 016 www.shakespeare.org.uk
Spring
When daisies pied, and violets blue
And lady-smocks all silver-white,
And cuckoo-buds of yellow hue
Do paint the meadows with delight,
The cuckoo then, on every tree,
Mocks married men,
for thus sings he:
'Cuckoo!
Cuckoo, cuckoo!'
春
ヒナギクの花がまだら色になってきて、
スミレは青く
タネツケバナは白銀色になり
ラナンキュラスの花が
牧草地を黄色に染め上げるとき、
木々の上にいるカッコーたちが
「カッコー、カッコー、カッコー」と
鳴いて、妻帯者たちを冷やかすんだ。
William Shakespeare
ウィリアム・シェイクスピア
1564-1616
イングランド中部ストラトフォード・アポン・エイボンに生まれる。エリザベス朝時代の屈指の劇作家として四大悲劇などの名作を執筆。シェイクスピアが手掛けた戯曲の多くは、詩の定型を用いて書かれた。ここで紹介したのは、喜劇「恋の骨折り損」からの一篇。
Ayrshire
エアシャー東部にあるルードン・ヒル
Loudon Hill Loudon Hill, East Ayrshire, Scotland
Composed in Spring
Again rejoicing Nature sees
Her robe assume its vernal hues,
Her leafy locks wave
in the breeze,
All freshly steep'd in morning dews.
春の曲
喜びに満ちた大自然が
いよいよ春の色を帯びてきた。
葉っぱたちはそよ風に揺れて、
そしてさわやかに朝露を浴びた。
Robert Burns
ロバート・バーンズ
1759-1796
スコットランド南西部エアシャー生まれ。詩の中にスコットランド語を多く用いたことに加えて、古くから伝わる同地の民謡の普及などにも努めたことからスコットランドでは絶大な支持を誇った。バーンズが改作を手掛けた民謡の中には、日本でも有名な「蛍の光」の原曲がある。
詩を楽しむヒント英詩のリズムを意識しよう
詩の美しさは、文字を目で追っているだけでは分かりにくい。ここでは英詩のリズムに関する基本的な法則を基に、音で英詩を考えてみよう。英国の詩のリズムやその音楽性を知ることは、正しい英語の発音や抑揚を身に着けることにもつながる。
(参考:「イギリスの詩を読んでみよう」 小林章夫著 NHK出版)
英語にも七五調がある?
俳句や短歌で使われる5・7・5や5・7・5・7・7の七五調のリズムが日本人にとって心地良く感じられるように、英国人の耳にも心地の良い英語のリズムというものがある。英詩ではそのリズムは「弱強五歩格」と呼ばれ、日本語でいう5・7・5の17音のような存在。弱強五歩格は、英国の定型詩の最も基本の形で、ウィリアム・シェイクスピアが好んで使った。シェイクスピアは詩だけではなく、戯曲でもこのリズムをよく使っており、弱強五歩格になっているセリフが多い。
If Music be the food of Love,
play on
(シェイクスピア「十二夜」)
弱・強・弱・強の順で音節を読む。色で網かけされた部分を強く発音。
この弱強のかたまりが1行に5つあるものを弱強五歩格と呼ぶ。
音節の弱強が重要!
英詩で最も重要なのはリズムと言われる。そしてそのリズムを形成するのが音節の弱強。英詩は弱強または強弱の組み合わせで出来ており、スタイルとしては、弱強五歩格のほかにも、弱強のかたまりが4つの場合(弱強四歩格)や、3つの場合(弱強三歩格)などがある。しかし、定型のスタイルばかりが続くと単調になることから、基本のリズムを壊した「破格」と呼ばれる形もあり、これは俳句や短歌で言えば「字余り」のような存在だ。
Because I could not stop for Death,
He kindly stopped for me
(エミリー・ディキンソン「poem #712」)
最初の行には4つの弱強があり、次の行は3つ。
四連詩(4行で作られている詩節)で弱強四歩格と弱強三歩格が
交互に出てくるスタイルは、普通律、またはバラッド律と呼ばれている。
英語のリズムに慣れる
日本語の5・7・5のリズムは俳句だけではなく、「飛び出すな/車は急に/とまれない」のような標語としても、日常的に身近で使われている。同様に、詩の定型は英国人の英語の基本リズムにもなっているので、上で述べたような弱強を頭に入れておくことで、英詩を楽しむだけではなく、英文を読むとき、または聞くときなどに、英語がスムーズに頭に入ってきやすい。また、自分で話すときにもどこにアクセントを置けば良いかが分かるはずだ。
I am the son and the heir
Of nothing in particular
(ザ・スミス 「How soon is Now?」 )
1980年代の英バンドの歌詞を定型詩のように区切って読んでみた。
強調されている単語、音のつながりなどが見えてくる。
ちなみにこの詞は英詩人ジョージ・エリオットの
小説「ミドルマーチ」の一節に手を加えたものだそう。