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Sat, 20 July 2019

EU離脱まで秒読み開始!or Not?EU離脱-BREXIT-
まつわる10の疑問

「まだ決まってないの?」、「もう聞き飽きた」。そんな声すらちらほら聞こえる「ブレグジット(英国の欧州連合からの離脱)」。2016年6月の国民投票で離脱が決まってから2年半以上が過ぎ、ここにきて離脱日(3月29日)が延長される可能性が大となってきた。ここで改めて、ブレグジットとは何か、基本事項を確認してみよう。(文: 小林恭子)

Q1そもそも 「ブレグジット
(Brexit)」とは?

「英国の欧州連合(EU)からの離脱」を指す。「英国または英国の(BritainまたはBritish)」と「退出する(Exit)」を組み合わせた造語。オックスフォード英語辞典によると、発案者は親欧州のシンクタンク「ブリティッシュ・インフルエンス」の創設者ピーター・ワイルディング氏。2012年、債務超過状態となったギリシャがユーロ圏から出る可能性が取り沙汰され、「ギリシャの退出」という意味で「グレジット(Greece+exit=Grexit)」という言葉が生まれたが、同年5月、ワイルディング氏は、英国が欧州で指導力を明確にしなければ、ギリシャのユーロ圏からの退出に続いて「ブレグジット」が発生するかもしれないとブログに書いた。その後、自分がこの言葉を使ったことをすっかり忘れていたワイルディング氏は、オックスフォード大学出版局から辞典に「ブレグジット」が加えられるという知らせをもらい、驚いたという。「人生には、時々、突拍子もないことが起きるものだね」と語っている。

ちなみに、「Exit」の英国読みはカタカナにすれば「エクスィット」。そこで「Brexit」を「ブレクスィット」と呼ぶのが英国風だが、ブレア元首相を始め「ブレグジット」と発音する人も少なくない。

Q2なぜReferendum(国民投票)を することになったのか?

国民投票結果

2013年1月、保守党と自由民主党(LDP)との連立政権を率いるデービッド・キャメロン首相(当時)が、演説で「次の総選挙で保守党が過半数の議席を獲得したら、国民投票を行う」と投票の実施を宣言した。党内の欧州懐疑派によるEUからの脱退を求める声が強まり、国民の中にも反EU感情が高まっていたことを受けての決断だった。2015年5月の総選挙では、保守党が単独で過半数の議席を獲得し、宣言通り国民投票の実施が確定した。

その結果、2016年6月23日に行われたEU残留か離脱かを問う国民投票は、離脱支持が51.9%(1741万742票)、残留支持が48.1%(1614万1241票)となり、僅差で離脱派が勝利。離脱が決定した。誰もが「残留」になると考えていたため、政治家だけではなく、多くの国民がこの結果を驚きをもって迎えた。

Q3これまで英国の首相は欧州統合にどんな対応をしてきたか?

エドワード・ヒースエドワード・ヒース首相保守党 在任1970~74年

親欧州度
100%

1973年、英国をEUの前身となる欧州共同体(EC)に参加させた。英国は当初欧州統合の動きに加わらなかったが、経済的利点を目的に1960年代に2度加盟申請。ドゴール仏大統領の反対で実現しなかったが、欧州との積極的な関係を望むヒース首相の下、ドゴール氏の退任(1969年)後、加盟が実現。

マーガレット・サッチャーマーガレット・サッチャー首相保守党 在任1979~90年

親欧州度
-100%

徹底した欧州懐疑派。1984年、ECへの拠出金が多い割りに恩恵が少ないとして、一定の払戻金が英国に支払われるようにした。ECの委員長ジャック・ドロール氏が欧州の統合深化を促したのに対し、「欧州の超国家主義者がブリュッセルで新たな支配を目指している」と演説(1988年)した。

ジョン・メージャージョン・メージャー首相保守党 在任1990~97年

親欧州度
50%

EUの創設を決めた「マーストリヒト条約」発効(1993年)時の首相。統一通貨不参加、欧州社会憲章からの適用除外を獲得した。サッチャー首相よりは親欧州だが、ECの連邦化の動きには警戒。1992年のブラック・ウェンズデー事件で欧州為替相場メカニズム(ERM)を脱退し、英国は変動相場制に移行。

ブレア・ブラウンブレア・ブラウン政権労働党 在任ブレア1997~2007年、ブラウン2007~10年

親欧州度
50%

1980年代前半まで、欧州懐疑派の労働党だが、ニール・キノック氏が党首となった頃(1983年)から親欧州路線に。トニー・ブレア首相は欧州社会憲章への参加、欧州安全保障・防衛政策(ESDP)の樹立を認め、ユーロ参加も視野に入れた。しかし、ゴードン・ブラウン財務相の反対で実現しなかった。

デービッド・キャメロンデービッド・キャメロン首相保守党 在任2010~2016年

親欧州度
20%

EU残留か離脱かを問う国民投票を実施させた。2010年以降、ユーロ危機が拡大し、ユーロを導入していない英国も欧州の財政支援を求められるようになった。このため反EU感情が募る中、EUを改革し英国の要求を通した上で国民投票実施し、残留が選択される構図を描いた。

テリーザ・メイテリーザ・メイ首相保守党 在任2016年から現在

親欧州度
?%

元残留派だが離脱強硬派の姿勢を維持する。「ブレグジットはブレグジットを意味する」が当初の口癖で、何としても離脱をやり遂げると確約。また、「EUの関税同盟からも、単一市場からも出る」、「悪い離脱条件であれば、EUとの合意がないままでも離脱する」と離脱強硬派であることを宣言した。

Q4離脱すると
どうなるのか?

「人、モノ、サービス、資本」の自由な移動を基本とする統合体としてのEUから離脱することで、「自由な移動」が停止する。例えば、EU域内の市民の英国での就労に制限がかかり、逆に英市民にはEU域内での就労が制限される。医療サービス、飲食業界などに多大な影響が出るかもしれない。また、これまで域内の国同士でのモノやサービスの移動、つまり貿易にはこれまで関税がかからなかったが、離脱で関税が発生する。英国はEUの加盟国として71カ国と40の特恵貿易協定(Preferential Trading Agreements)を結んでいるが、離脱によってこれが消えるので同様の協定を新たに結ぶ必要もある。さらに、EUの規則や法制度から抜け出ることになるが、離脱でビジネス及び生活面で支障がないよう国内で新たに規制、法律を整えなくてはならない。

Q5Article 50(リスボン条約の第50条)とは?

EU基本条約(リスボン条約、2007年締結)の第50条を指し、離脱の手続きを規定するもの。離脱を行う国がEU加盟国の代表らで構成される欧州理事会(首脳会議)に離脱の意思を通知することで、50条の発動となる。メイ首相が50条を発動したのは2017年3月29日。2年間で将来の英国とEU側との関係の枠組みを交渉し、合意を得ることを目指す。移行期間は全EU加盟国が同意すれば、延長もあり得る。2017年6月から、第1段階として英国に住むEU市民、EUに住む英市民の権利保障、英国がEUに払う清算金、北アイルランドの国境問題について協議が始まった。2018年11月、英国とEU側が離脱協定案(Withdrawal Agreement)に合意。議会での承認を経て、交渉の第2段階は通商関係が中心となる。

Q6Withdrawal Agreement(離脱協定案)とは?

2018年11月、英政府とEU側が合意した、離脱の条件を決める協定案を指す。文書は600ページ近くにまで達しており、これとは別に26ページにわたる、将来の英国とEUの長期的な関係を定める「政治宣言」も作成された。

離脱協定案の要旨

2020年12月31日まで、ほぼこれまで通りの状態が続く「移行期間」を定めた。英国はEU加盟国のとしての地位を失うが、期間中はEUの規則に従う必要がある。2020年から1年か2年の延長も可能だ。延長には英国と全EU加盟国の合意が必要で、2020年7月までに申請することが必要。

英国はEUに対し、「清算金の支払い」を求められており、その額は390億ポンド相当(約5兆7200億円)と言われている。数年間で払うことも可能。移行期間中の費用も含み、もし移行期間が延長された場合は追加金を払う。ちなみに現行では英国のEUへの支払いは実質で年間108億ポンド。

英国内のEU市民、およびEU域内の英市民は離脱後もこれまで通りの居住権と社会保険へのアクセスが保障される。同じEU加盟国に5年以上住む市民は永住権の申請ができる。ちなみに、政府は英国に住むEU市民でアイルランドの国籍を持つか永住資格を持っていない人は新たな在留資格の取得を申請する仕組みを整えている。

英領北アイルランドとアイルランド共和国の国境には「バックストップ(安全策)」が設定される。

Q7Backstop(安全策)
とは?

「バックストップ」(安全策あるいは緊急対策)は、離脱によって英領北アイルランドとEU加盟国であるアイルランドとの国境に問題が生じることを防ぐ方策を指す。離脱後、通常であれば物理的な国境検査(「ハード・ボーダー」)が必要となる。しかし、北アイルランドではアイルランドとの帰属を志向するカトリック住民と英国の一部であることを望むプロテスタント住民の間で私兵民兵組織を介してのテロ行為を含む暴力事件が発生し、3000人以上が命を落とした歴史(「北アイルランド紛争」)がある。国境検査所は、しばしば暴力行為の発火点となった。1998年の「ベルファスト合意」によって和平が成立し、現在、北アイルランドとアイルランドとの間にハード・ボーダーはない。

もしハード・ボーダーが再開すれば治安に悪影響を及ぼす恐れがある一方で、ハード・ボーダーがなければEU域内でのみ実現する人、モノ、サービスなどの自由な往来が離脱国英国でも可能になってしまう。

将来的に離脱した英国とEUがどのような通商関係を持つかは、今後の話し合いによるため、もし移行期間が終わる2020年末までに長期的な通商関係について両者が合意していない場合でもハード・ボーダーができないように、バックストップを設定した。

この案では、EUと英国の間には一種の関税同盟が締結される。北アイルランドについては単一市場のルールも部分的に適用されることになるが、バックストップを解消するためには、英国とEUの両方の合意が必要となる。離脱強硬派はそれが原因で「永遠にEUの規則から逃れられない」ことを危惧し大反対した。

北アイルランドとアイルランドの国境付近北アイルランドとアイルランドの国境付近

Q8合意なき離脱(No Deal)
とは?

離脱後の英国とEUの関係をどうするかを決める離脱協定に合意がなされず、3月29日の離脱予定日に英国の離脱が実現する状態を指す。離脱条件を決めずに離脱するので、2年間の移行期間は設けられず、「崖から飛び落ちるような離脱」になるとも言われている。北アイルランドとアイルランドの間には、ハード・ボーダーが復活する可能性が出てくる。また、英国は世界貿易機関(WTO)を通じてEUや他の国との通商関係を決めていく一方で、自由貿易を行う国を探すことになる。

3月13日、「いかなる状況でも合意がない離脱はしない」とする動議が下院で可決された。採決には法的拘束力がないものの、「合意なしの離脱」も離脱交渉の手段として重視する与党・保守党内の離脱強硬派への圧力となった。翌14日には、下院は離脱交渉の延長を申請する動議を可決した。

Q9なぜそんなに議会で
もめているのか?

2019年1月15日、メイ首相がEUと合意した離脱協定案が大差で否決され、議会は迷走状態に入った。代案が決まらず膠着状態となっている最大の理由は、意見を異にするグループが混在し、互いに譲らないからだ。まず、下院議員全体では残留派が大部分を占める。内閣は「ハード・ブレグジット(EUの関税同盟からも単一市場からも離脱)」を前面に出す離脱強硬派と「ソフト・ブレグジット(なるべく現状に近い離脱)」を望む穏健派とに分裂している。保守党内には、平議員ジェイコブ・リースモグ氏が指導者となる離脱強硬派の「欧州リサーチ・グループ(ERG)」があり、親欧州的な離脱案にならないよう、メイ首相に圧力をかける。一方の最大野党労働党は「離脱を実行する」というマニフェストで2017年の総選挙を戦ったものの、議員らは本音では国民の生活に負の影響が出ると予測される離脱に反対だ。コービン党首は姿勢を明確にせず、再度の国民投票を支持すると議会で述べたのは2月末だった。2月には、労働党議員8人と保守党議員3人による、中道政治勢力「独立グループ(TIG)」が発足した。メンバーは全員が残留派で、再度の国民投票の実施を望んでいる。

EU離脱における2大政党勢力図

Q10メイ首相の案と
他のグループの争点とは?

  3月29日、予定通りに離脱 バックストップ案 清算金の 支払い 合意なき離脱の可能性 再度の国民投票
メイ首相案
1月15日否決、
3月12日修正案否決
支持 賛成 賛成 あり 反対
欧州リサーチ・グループ
(ERG)
支持 反対 反対 あり 絶対反対
労働党 反対・
延長支持
メイ案に反対 メイ案に反対 なし 賛成
スコットランド独立党
(SNP)
反対・
延長支持
メイ案に反対 メイ案に反対 なし 賛成
独立グループ
(TIG)
反対・
延長支持
メイ案に反対 メイ案に反対 なし 賛成
民主統一党
(DUP)
支持 この設定そのものに反対 メイ案に反対 なし 反対

参考:www.bbc.co.uk(2019年3月19日時点)

第二次世界大戦後の欧州統合の歩み

1950 ロベール・シューマン仏外相がドイツとフランスの石炭・鋼鉄産業の共同管理を提唱(「シューマン宣言」)
1952 ベルギー、ドイツ、フランス、イタリア、ルクセンブルク、オランダによる、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)成立
1958 欧州経済共同体(EEC)、欧州原子力共同体(EURATOM)設立(ローマ条約)
1967 ECSC、EEC、EURATOMの主要機関を統合。
3共同体の総称が欧州共同体(ECs)に
1968 関税同盟完成
1973 英国がアイルランド、デンマークとともに加盟
1981 ギリシャ加盟
1986 スペイン、ポルトガル加盟
1993 単一市場始動。マーストリヒト条約発効によりEU創設
1995 オーストリア、フィンランド、スウェーデン加盟
1999 統一通貨「ユーロ」導入(流通開始は2002年)
2004 チェコ、エストニア、キプロス、ラトビア、リトアニア、ハンガリー、マルタ、ポーランド、スロベニア、スロバキア加盟
2007 ブルガリア、ルーマニア加盟
2009 リスボン条約(EU基本条約)発効
2013 クロアチア加盟
2016 英国がEUからの離脱を国民投票で決定

2019年、今後の予定

3月21~22日 EU首脳会議
3月29日 英国がEUから離脱(予定)

現在のEU加盟国

イギリス
オーストリア
ベルギー
ブルガリア
クロアチア
キプロス
チェコ
デンマーク
エストニア
フィンランド
フランス
ドイツ
ギリシャ
ハンガリー
アイルランド
イタリア
ラトビア
リトアニア
ルクセンブルク
マルタ
オランダ
ポーランド
ポルトガル
ルーマニア
スロバキア
スロベニア
スペイン
スウェーデン

現在のEU加盟国

英国で「反EU感情」が高まった深い理由とは……

独立独歩の精神にあふれる国民性

地政学的には「欧州」のくくりに入る英国だが、国内では「欧州に行く」という表現があるように、英国人にとって「欧州」とは「欧州大陸」、つまり「外国」という感覚がある。何世紀も前から欧州大陸にある国々との戦争を経験した過去を持つ英国。かつての大英帝国の歴史を自負し、独立独歩の精神にあふれる国民性から、第二次世界大戦後の欧州大陸で起きた統合の動きを、常に一歩離れた場所から見てきた。経済的利点を目的に、1973年にはようやくEUの前身となる欧州共同体(EC)に加盟したものの、その後もEUの統一通貨ユーロは導入せず、国境検査を通さないシェンゲン協定にも不参加だ。

押し寄せた移民と世界金融危機

2004年、旧東欧諸国を中心とした10カ国がEUに新規加盟したことで、ポーランドやチェコなどからの移民が増えた。新移民たちが教育、医療、雇用に圧迫感を与えていく中、2007年に世界金融危機が発生。2011年、ユーロ圏国家の危機を防ぐために英国も財政支援を求められた。もともと不満を抱えていたところにこうした動きが加わり、保守党内の右派「欧州懐疑派」や英国のEUからの脱退を求める英国独立党(UKIP)の運動活性化に火を付けた。UKIPが従来の保守党支持者を奪うことに危機感を抱いたキャメロン首相は国民投票という形で「ガス抜き」を試みたものの、大きな代償を払うことになった。

タブロイド紙が報じた英国の「離脱劇場」

その時々のニュースのトピックを、大げさにかつユーモアを交えて伝えるのが英国の新聞の特徴だ。特にタブロイド紙は「そこまで言わなくても……」と思うようなきつい表現も使うが、これは「権力者を徹底的に批判する・ちゃかす」反骨精神の表れとも言えそうだ。2016年の国民投票と翌17年の総選挙、そして今年になって行われた離脱案をめぐる動議の際の、各紙の見出しを拾ってみた。

「ADIEU」EUよ、さようなら

英国の新聞国民投票の結果判明後、各紙の1面はそれぞれ大きく異なる論調を掲載したが、「サン」紙は「EUよ、さようなら(Adieu)」を意味する見出しでEUを青くした。青はEUの色である(2016年6月)

「COR-BIN」コービンをゴミ箱に入れよう

The Sun「総選挙は保守党に投票しよう」と、コービン労働党党首をゴミ箱に入れた、「サン紙」の1面(2017年6月8日付)

「Dismay」困惑

Daily Expressメイ首相の離脱協定案が大差で否決された翌日、「Dismay(困惑)」の見出しが「デーリー・エクスプレス」紙に躍った。メイ(May)首相の名前の語呂合わせである(2019年1月16日付)

「BREXTINCT」ブレクスティンクト

The Sunメイ首相を絶滅した ドードー鳥に見立てた「サン」紙。「ブレグジット(Brexit)」と「絶滅した(extinct)」を組み合わせた造語が見出しだ(2019年1月16日付)

*この特集記事は3月19日現在の情報を基に作成されています。最新の離脱関連ニュースは、弊社サイト内の「英国のEU離脱をめぐるニュースまとめ」をご覧ください。
http://www.news-digest.co.uk/news/features/uk-brexit.html

 
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*本文および情報欄の情報は、掲載当時の情報です。

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