今や「女ボス」は当たり前の時代。特にここ英国では、世界的なビジネスの頂点に立って指揮を執る女性も珍しくない。そこで今回は、女性らしいしなやかな感性と、転んでもタダでは起きない強靭な精神で成功を手にし、今日の実業界を賑わしている英国のビジネスウーマンたちにスポットを当ててみた。(黒澤里吏)
ここでは独自の着眼点で英国に新しいアイデアと流行をもたらした、4人の女性起業家たちをピックアップ。会社創業に踏み切った背景やきっかけ、また成功の秘訣を探ってみよう。
業界に新風を吹き込む女ボス
ロレイン・ヘガシー Lorraine Heggessey
出身地不明 51歳
「X Factor」「Apprentice」などといった大ヒット番組を次々と生み出し、昨今のテレビ業界をリードしている英国最大の番組制作会社「talkbackTHAMES」。現在、そのCEOとして総指揮を執っているのが、業界のパイオニア的存在とも言われるロレイン・ヘガシーである。2005年に現職に就くまではBBC1に20年間にわたって勤務し、そのうち5年間は辣腕ディレクターとして活躍。いまだ圧倒的な男社会であるテレビ業界、それも天下のBBC1でディレクターに就任した女性は彼女が初とあって、就任当時は大きな話題を呼んだ。そして「教育と娯楽を別物として考えるような人たちは、結局どっちも理解していない」との考えから、出来は良くても商品として成り立っていない、お堅い教育番組を大衆化して視聴率を上昇させるなど、時には物議を醸しながらも、業界内でさまざまな改革をもたらした。
BBCからの転職後はまず、携帯の着メロを、BBCで放映する「EastEnders」から「The Bill」(「talkbackTHAMES」社制作のドラマ)の主題歌に変えたというロレイン。現在、あらゆる種類の番組を制作販売し、経営面も含めて優れた統率力を発揮している。「とにかく仕事を楽しむこと!それと、男と対等にやろうと思わないことね。それよりも、女ならではの能力をもっと活用するべきよ」という言葉に、彼女の成功の鍵が隠れているようだ。
15年を経た今が正念場
カレン・ブラディ Karren Brady
ロンドン出身 39歳
23歳という若さで、英国のサッカー・クラブ史上初の女性マネージング・ディレクターの座に就いたカレン。昔から話術に長け、エネルギーに満ち溢れていたという彼女は、放送局の広告営業をしていた頃、スポーツ新聞社オーナーのデビッド・サリバンに気に入られ、そのまま彼の下で働くことになる。そしてバーミンガムFCが管財人管理下にあることを知った際にはサリバンを説得して同FCを買収し、現職に就任。以後、15年にわたってクラブの運営に携わってきた。観客動員数や収益率の増加、さらにはスタジアムの活性化と、あらゆる面において経営改善を図った彼女の貢献度は計り知れない。私生活では同FCのカナダ人選手と結婚して2児をもうけているが、第1子出産後、たった3日で仕事に戻ったという逸話も残されている。また2006年には大脳動脈瘤を患い手術を受けるも、術後1カ月で現場に完全復帰。まさに不死身の仕事人と言えるだろう。
しかしFC運営とはある意味、ギャンブルのようなもの。金銭事情や戦績不振などによるストレスからか、近年ではサリバンがクラブ売却の意向を漏らすようになった。さらに今年4月には経営上の不正を疑われ、カレンとサリバンの2人が警察に事情聴取されるという事態に。固い決意と粘り強さが信条のカレン、この窮地をどう乗り越えるのだろうか。
冷静沈着な理系の才女
ヴィヴィアン・コックス Vivienne Cox
エクセター出身 48歳
英国に本拠地を置く国際石油資本、BPの重役として多忙を極めるヴィヴィアン・コックス。オックスフォード大で化学を学んだ後に同社に入社し、以来26年間BP一筋で働いてきた。1987年に同社が完全民営化を果たした際、折しも財政管理部に異動となった彼女は、政府との関わりの中で石油産業の政治的側面を学ぶ。その後、フランスの名門INSEADに留学してMBAを取得。帰国後は石油貿易に関わる金融取引商品の開発部門の設立をはじめ、中央・東ヨーロッパにおける新事業開発に伴いウィーン駐在を経験した。2004年にはガス、パワー、リニューワブルズ部門のCEOに就任。現在は新たに開設された代替エネルギー部門で、水素や風力などを用いた低炭素排出の発電事業という、10年で約40億ポンド(約8000億円)の投資が行われる一大プロジェクトを牽引している。
そんなバリバリのビジネスウーマンは、イングランド南東部バッキンガムシャーにある16世紀のファームハウスに夫と2人の娘と暮らし、仕事と家庭をうまく両立させていることでも有名だ。最低週3日は早めに帰宅して娘たちを寝かしつけ、週末は自家農園で野菜を育てたり、ケーキやジャムを作ったりして、家族との時間を楽しむ。まさに理想の充実ライフ、働く母のみならず全女性の鑑である。
マルチリンガルな3児の母
クララ・ファース Clara Furse
カナダ出身 51歳
200年以上にわたるロンドン証券取引所(LES)の歴史を変えた人物、それがクララ・ファースである。オランダ人の両親を持ち、カナダで生まれ育った彼女は、コロンビア、デンマーク、英国で国際的な教育を受け、名門大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで学位を取得。華やかな学歴を引っさげて大手証券会社に就職し、そこでコモディティ市場に携わったことから先物取引の世界に関わるようになる。2年後には世界有数の投資銀行UBSの重役に就任。さらに90年代に入ってLESのディレクター、ロンドン金融先物取引所(LIFFE)の会長代理を務め、2001年、43歳でLES史上初の女性CEOに就任した。前任者がドイツ証券取引所との合併に失敗したことを受け、旧体制に縛られ、内部抗争に明け暮れていたLESの組織変革を図ろうという風潮に乗っての大抜擢だった。
以来、ナスダック、ユーロネクストといった各国の取引所との数多くのタフな交渉にあたり、卓越したビジネス能力を顕示しているクララ。3人の子を持つ母でもあるが、時にクリスマス休暇さえ返上して働く多忙ぶりである。まさに男勝りのリーダーだが、女性としてトップに立つことをどう考えているのだろうか。「性別は仕事には関係ないわね。あえて言うとしたら、他人から覚えてもらいやすいってことかしら。良くも悪くもね」。
ここでは独自の着眼点で英国に新しいアイデアと流行をもたらした、4人の女性起業家たちをピックアップ。会社創業に踏み切った背景やきっかけ、また成功の秘訣を探ってみよう。
ジェシカ・フイエ Jessica Huie
ロンドン出身 28歳
アフロ・カリビアンに出生のルーツを持つジェシカは、ある日、娘に送るカードを求めてハイストリートの店を回るが、しっくりくるものが全然見つからないことに気付く。それもそのはず、カードに使われているモデルは白人ばかり。その事実に釈然としないものを感じると同時に、この「欠落」はビジネス・チャンスだと直感、7歳の娘をモデルにしてカード制作を開始し、弟とともにエスニック・グリーティング・カード会社設立に乗り出す。
18歳でシングル・マザーとして出産。娘の将来のためにも、との思いからジャーナリズムのBA取得を決意したジェシカは、大学に通いながらBBCラジオや大手PR会社マックス・クリフォード社でインターンを務め、週7日労働の日々を3年続ける。努力の甲斐あってBA取得後は同PR会社に就職、同時にエスニック系読者を対象とした「Pride」誌やタブロイド紙「サンデー・ミラー」に寄稿するなど多方面で活躍。そして2006年、これら全仕事を続けながら前述の「Colourblind Cards」で念願の起業。以来順調に事業を拡大し、今年5月には米国進出も果たした。面白いことに今や「Colourblind Cards」の顧客の6割は白人だという。単純にデザインやメッセージに惹かれる人が多く、人種や肌の色を超えて広く愛されつつあるのだ。ジェシカいわく「色分けされるべきものは洗濯物だけだと思うわ」。
好きこそものの上手なれ
サハー・ハシェミ Sahar Hashemi
イラン出身 40歳
弁護士としてロンドンの法律事務所に5年間勤務していたサハー。仕事は順調だったが、より自分らしく生きるための何かを模索していた。そんな矢先、証券マンの兄を米国ニューヨークに訪ねた彼女は、現地で上質なコーヒーの虜になる。英国にもこんなUSスタイルのコーヒー・バーがあったら……。兄妹の間に閃いたアイデアは、たちまち実現化に向けて動き出した。商売の経験など全くない2人だったが、まずは徹底したリサーチを実施。結果、英国人の多くが実は紅茶よりもコーヒーを飲んでいるという事実を知り、ビジネスの余地を確信する。その後、銀行の融資を断られること19回と資金繰りに苦労しながらも、1995年、ついに「Coffee Republic」第1号店をオープン。以後、着々と店舗数を増やし、6年後には国内に110店舗を展開、年商3000万ポンド(約60億円)を達成するに至った。
2001年、経営から退いた彼女は執筆活動を開始。自らの起業体験とノウハウを綴ったビジネス書「Anyone Can Do It」はベストセラーに。さらにその後も糖分ゼロの菓子ブランド「Skinny Candy」を創業するなど、精力的に活動中。「誰でも起業家になるための素質は持っています。自分が心から熱中できて楽しめるものを見つけ出すこと。成功とはお金でも権力でもなく、自分が好きなことをできているかどうかだと思うのです」。
元祖ネット・ビジネスの女王
マーサ・レーン・フォックス Martha Lane Fox
ロンドン出身 35歳
マーサの名を一躍有名にしたのは、共同創始者ブレント・ホバーマンと1998年に立ち上げた格安旅行情報サイト「Lastminute.com」だろう。ひと味違った巧みなマーケティング戦略で一人勝ちしていた同社はITバブルの波に乗り、UKネット業界のアイコンとして君臨。なかでも若々しく熱意に溢れたマーサに対するメディアの注目度は高く、サイバー・ビジネスの申し子とでもいうべき存在となった。
2001年、バブル崩壊により株価が暴落、一時は同社も大混乱に陥るが、こういうときこそモノを言うのが女の底力。見事な手腕を発揮して不安定な過渡期を乗り越え、会社の信用度および自身の株もアップさせたのである。しかし2003年に同社を退社後、旅先のモロッコで車を運転中、大事故に遭い瀕死の重傷を負う悲劇に見舞われる。幸い一命を取り留めた彼女は、丸一年にわたる療養期間中も、もともと力を注いでいた刑務所の改善を目指す慈善団体の理事活動や、「Marks & Spencer」、Channel4などのディレクター業務、高級カラオケ店経営など多くの仕事に携わり、健在ぶりを示した。後日、事故を振り返って「私自身は何も変わっていないわ。ただもっと人生を楽しんで、自分にできることをしていかなくちゃという思いを強くしただけ」と語ったマーサ。今後も目が離せない存在だ。
私生活も忙しいセレブ起業家
タマラ・メロン Tamara Mellon
ロンドン出身 41歳
才色兼備でお金持ち、向かうところ敵なしといった感じのタマラ。父は実業家、母は元シャネルのモデルというだけあって、若い頃からファッションとビジネスの両分野に才覚があったという。大手PR会社を経て、高級ライフスタイル雑誌として名高い「UKヴォーグ」誌の編集者として働いていた90年代初頭、ファッション小物にヒットの可能性を見出していた彼女は、中国系マレーシア人の靴職人、ジミー・チュウに話を持ちかけ、起業のチャンスをつかむ。そして1996年、高級靴ブランド「Jimmy Choo」を創設。以来、同ブランドは世界中のセレブに愛されようになり、ファッション関連では数々の賞を受賞してきた。タマラ個人も「サンデー・タイムズ」紙の英国長者番付に毎年ランクインするようになり、現在ではセレブの称号をほしいままにしている。
お金、地位、ビジネスでの成功、結婚……と、すべてが順風満帆に進んでいるかのように思えた彼女だが、前夫との離婚をめぐり裁判沙汰になったお陰でメディアからは嫌といえるほどの注目を浴びたり、実の母親と相続問題で揉めたりと、私生活はなかなかどうして波乱気味。最近は米俳優のクリスチャン・スレーターと交際中で、写真誌にキャッチされるなど、またしても華やかな話題が多くなっているようだが……。
今はテレビ番組の中にもビジネス・チャンスは転がっている時代。その代表格ともいえるのがBBCで不定期に放送している 「Apprentice」と「Dragon's Den」だ。ここでは、この2つの大人気番組に登場し話題を呼んだ女性たちの今を見てみよう。
ルース・バッジャー Ruth Badger
ウォルヴァハンプトン出身 30歳
セカンド・シリーズで最終候補に残ったものの、惜しくも敗退したルースは、豊富な営業経験を生かしてビジネス・コンサルタント事務所を設立。またその際立ったキャラを買われ、ケーブル・テレビ局「Sky One」でのビジネス・リアリティー番組「Badger or Bust」がスタート、さらに多くのファンを獲得している。彼女の魅力は、何と言っても表情豊かで自信に溢れたスピーチ。男顔負けの豪傑さの中に覗くお茶目さも人気の秘密だ。
不屈のチャレンジを続ける
ジョー・キャメロン Jo Cameron
コヴェントリー出身 37歳
自動車会社「MG Rover」(2005年倒産)の営業などをはじめ多くの職務経験を持つジョーは06年、番組終了後に娘を出産するが、早産だったために、不運なことにその子供は生後数時間で息を引きとってしまう。この悲しい経験を通じて決意を新たにした彼女は、自らを「立ち直りの達人」と称し、ポジティブ・シンキングを唱えるメディア・コメンテーター、ライフ・コーチャーに転身。テレビ出演などをこなしながら、各地で講演やセミナーを開催している。
デボラ・ミーデン Deborah Meaden
出身地不詳 49歳
歯に衣着せぬ物言いで知られるドラゴンの紅一点。レジャー・パークを経営する両親のもとに生まれ、物心ついたときから起業を志していたという生粋のビジネスウーマン。 19歳の時に陶磁器輸入販売会社を設立したことに始まり、小売・レジャー産業に携わって財を築き、今や推定資産額4000万ポンド(約80億)の富豪に。夫と暮らすイングランド南西部サマセットのジョージアン・ハウスには、犬や猫に加えて馬、鶏、カルガモ、そして食用に4匹のブタがいるんだとか。
起死回生を図れるか
レイチェル・エルノー Rachel Elnaugh
エセックス出身 43歳
レコード制作やエアクラフト飛行といった、心に残る「経験系」ギフトを提供する会社「Red Letter Days」を24歳で創設。第1期ドラゴンの一人だったが、番組出演中の2005年に同社が破綻し、出演辞退を余儀なくされた。後日、同社はその他2人のドラゴンに買収されている。現在はコンサルタントとして中小企業の相談役を務めており、紆余曲折の起業体験を綴った初の著書「Business Nightmares」を今年5月に発刊したばかり。5人の息子の母。
レベッカ・フィリップソン Rebecca Philipson
ダラム出身 24歳
「あなたをタブロイド紙のニュースにします」という一風変わったギフト商品、パーソナライズ新聞を提供する「UR-In The Paper」社を21歳で創設。2005年に事業拡大を目指して番組出演するも出資は得られず。しかしその後もウェブを通して集客率を高め、「Tesco」や「WH Smith」と提携するなどして着々と前進、売上高も年々アップ。今、話題の若き起業家ということで首相との対面も果たしたレベッカ、今後の活動が注目される。
働くママはどう切り抜けるか
ジュリー・ホワイト Julie White
出身地不詳 39歳
2005年、長男出産後3カ月でママ& ベビー用品を扱う委託型ビジネス「Truly Madly Baby」の企画を番組に持ち込み、ドラゴンの一人、ピーター・ジョーンズと交渉成立、7万5000ポンド(約1500万円)の出資を得る。その後、オンライン販売などを通して急成長を遂げるが、今年6月に残念ながら事実上の倒産。起業以来、働くママとしてメディアの注目を浴び、またその業績が認められて数々の賞を受賞しているジュリーだけに、復活を期待したい。