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Tue, 19 March 2024

人間の善と悪の両面を描く若き才能 「Villain」の李相日監督インタビュー

普段は滅多に日本映画が取り上げられることはない、ロンドン地下鉄駅構内のポスターなどでも劇場公開が予告され、注目を集めていた映画「Villain(邦題: 悪人)」が、英国内でいよいよ封切られた。日本の巨匠作品を彷彿とさせる、人間と善と悪の両面を描き切った本作品の指揮を執ったのは、37歳の李相日監督。同監督に話を聞いた。

李相日監督

李相日監督プロフィール
1974年1月6日生まれ、新潟県出身。高校まで横浜の朝鮮学校に通う。神奈川大学経済学部、日本映画学校卒。福島県いわき市のリゾート施設にまつわる実話を基にした映画「フラガール」で、日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。作家の吉田修一による小説を映画化した「Villain (邦題: 悪人)」は、モントリオール世界映画祭に出品され、主演の深津絵里が最優秀女優賞を受賞した。同作はロンドンのICA(www.ica.org.uk)などで公開中。

人間が抱える善悪の両面を描いた「Villain」は、古き良き日本映画の伝統を受け継いだ作品であるとする声があります。李監督は、そうした日本映画の伝統を意識していますか。

善と悪の両面を描くのが特徴と言えるかどうかは分かりませんが、日本映画は、感情の機微を繊細に表現することに長けているとは思います。外国人のように感情表現が豊かではないけれど、内面では同じように、あるいはそれ以上に感情がうごめいているわけで、その表出の方法を、シンプルに表情や言葉だけに頼らずに、ふとした目の動きや息遣いで感じられることが多々あるのではないでしょうか。

僕自身が日本映画の伝統を継承しているという意識はありません。自分の内なる声に従って選んでいる演出方法に過ぎないからです。

李監督は映画学校の学生時代に黒澤監督や今村監督の映画をよく観ていたと伺いました。両監督のどのような部分に惹かれましたか。

黒澤監督と今村監督では異なった魅力があると思います。前者は、日本映画を凌駕するスケール感。上映中の2、3時間の中で観る者を完全に支配する力があります。緻密なディティールの積み重ねが見事で、完全に計算された世界観に圧倒されてしまいますね。後者には、まさに人間の本性を見せつけられる感があります。人間が持つ様々な欲や業といった灰汁がスクリーンから臭い立つようです。そして、これは非常に大事なことですが、両者ともユーモアのセンスに長けています。

人間の多面性を描く映画監督と聞くと、人生経験豊かな老齢の巨匠を想像しがちです。しかし、李監督はまだ30代。李監督が人一倍苦労を重ねてきたということなのでしょうか。

特に人一倍苦労した経験はありません。ごく一般的な家庭だったと思います。今は、幸福なことに、映画を創ることで誰にもできない経験を積み重ねている最中だと考えています。僕の人生の中では、「Villain」を創る過程が一番苦労した経験と言えるかもしれませんね。「Villain」に取り組む過程で、この映画には見過ごせない感情がたくさん埋もれていると思い続けていました。その大半は、僕がこれまでの人生で経験してこなかったことばかりでしたが、ときとして実体験よりも想像が勝ることがあると信じていました。

大事なのは、分からないことを簡単に理解してはならないということです。自分の理解の範疇で得られる安易な答えに満足せずに、常に自分の常識の外に答えを求めていく姿勢を持ち続けるよう心掛けていました。経験豊かなスタッフやキャストたちの意見に多く耳を傾けたことも大きな助けになったと思います。

人間の善と悪を描くに当たって、観客を混乱に陥れることなく、説得力ある物語として提示するために、どんなことに気を使いましたか。

「悪人」が善と悪を主張するために撮られた映画とは思っていません。どんな良い人間にも悪意は存在し、どんなに悪いと言われる人間にも善意が存在するという観点の上にこの映画は成り立っていると考えています。どの登場人物も、明確に割り切れる人物像になることをなるべく避けています。環境や状況によって、人物の様々な側面が現れるよう苦心したつもりです。かえって、良い意味での混乱を観客には味わってもらいたいと思っていました。これくらいの混乱は乗り越えて、自分なりの答えを発見してくれるものと観客を信じています。

本作が、商業主義と一線を画しているとの評価もあります。商業主義への反発はありますか。

個人的には、「商業主義」をどう捉えるか、だと考えています。儲けるために創るのか。創りたいから創るのか。今の観客は、その辺りを見抜く見識をしっかりと持っています。このストーリーを伝えたい、という創り手の意志がなければ映画としては成り立たないでしょうね。その出発点さえ守ることができれば、あとは商業主義だろうが何だろうが、結果次第でどうとでも言われてしまうことに変わりはないでしょうし。一人の創り手としては、「良い映画」が売れると信じてやるしかないですから。

李監督にとって、映画の良し悪しを計る物差しとは何になりますか。

「気付かせて」くれることですかね。知らないことはもちろん、知っているつもりのものでも。誰もが見過ごしているような何かを発見させてくる映画には頭が下がります。

映画「Villain(邦題: 悪人)」
監督:李相日 出演:深津絵里、妻夫木聡
http://thirdwindowfilms.com/films/villain

 

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